夜のバイパスを走る 生駒孝子
ちらっちらっ
ああ、後続車はトラックのようだ
サイドミラーに迫るヘッドライトが痛い
「キンコーン 制限速度に近づいています」
デジタコの音声に臆病者の右足が縮む
私は瞬間、癌が芽吹く音を自覚する
意外にもサイドミラーに写るライトは
同じ距離を保ってついてくる
「はあー良かった、同じ制限速度遵守車だ」
体の強張りを解いて前方に目を向ける
「ずうーっとついてきてね」
勝手な願いを呟く声も甘くなる
目の前には漆黒のベルトが山の間を縫って続く
振り返ればヘッドライトの灯りが
山裾まで光のリボンで結んでいる
山を下りきると、ようやく単線区間も終わりだ
私はハザードランプを点灯させ謝意を表して後、
左へゆったりとハンドルを切る
後続車は私を追い越し、同じ光で応えながら
手を振って走り去っていった
そのテールランプも他の車たちの光の渦に
すぐにかき消されてしまった
再び訪れた闇を前に、灯りはこの胸の内にあった
ある課長の苦悩 生駒孝子
それでも君は去っていくんだ
「会社なんてこんなもんだ」
ああ、そうだよ 確かに言ったよ
「僕が治してやるでね」
他に何が言えただろう
大きな身体を折り畳んで震えている君に
部署替えをして1ヶ月
「この仕事、俺に合っているみたいだ」
笑顔で話すようになった君を本当に皆が喜んだ
しかし季節と入れ替わるように、
その笑顔は曇りがちになっていった
君は日に何度も休まなければもたなくなっていく
携帯電話が僕の胸で毎日悲鳴を上げた
調子の良い時の君は、別人のように仕事を捌いた
補助員のA君は事務畑だったから、
君には歯がゆい存在だったろう
君が怒鳴り続けたA君は、
君より先に辞表を出してしまった
僕の中から何もかもを連れ去って、
君が吹き抜けていった
それでも容赦なく明日はやってくる
そして君も去っていくんだ
「こんなもんだ」
雀のお宿 生駒孝子
規則的な機械音を破って、生命のリズムが聞こえてくる
素材の網籠の足元で2羽の雛が体の全てを口にして鳴いている
拾い上げてそっと手に納めても逃げる訳でもない
「ああ、天井の巣から落ちたんだよ、
毎年2,3羽はリフトに轢かれちゃってるよ」
通り掛りのリフトマンが鋳物工場の高い天井に向かって指を指す
しかし彼にも巣の在りかが見えている訳でもないらしい
雀のお宿、こちらはいかがでしょう
手洗場の低い蛍光灯の笠の上、燕さんは卒業した後ですよ
おやおやお気に召しません?
確かに猫や烏も気楽に尋ねてきそう
雀のお宿、ここではいかが?
そんなに大きな口開けて
壁を隔てた隣では母さん雀に見つけてもらえませんか
誘拐犯は困り果て、ふりだしに戻ってお宿を決めた
せめてリフトの通れない、素材と壁との間に決めた
雀のお宿はどこですか?
ハナミズキが咲いた 生駒孝子
私は今年のGWも熱を出し、
ハナミズキを仰ぐリビングの窓辺で一日を過ごした
木漏れ日の悪戯だろうか
茂りきらない葉と青空のモザイクに白いものが混ざっている
私は疑いながら階段を昇り始めていた
咲いた、ハナミズキが咲いた
あの白い花がベランダの小豆色にアクセントをつけていた
あなたにもう会えない、と覚悟を決めたあの日が昨日のことようだ
家は売れなかった
あの震災の日からすべてが変わってしまっていた
咲いた、ハナミズキが咲いてくれた
あなたとここで生きていこう
ハマオカと呼ばれるその日、あなたは私の墓標となればよい
また五月の晴れやかな空に
そのままの姿のあなたと会うために
私は歌おう、街角に立って
仲間たちと歌おう、金曜日の歌を
ハナミズキが咲いた