■NO!NUKES浜松金曜行動
毎週金曜日の夜6時30分から1時間、浜松駅前で原発再稼働反対の金曜行動がおこなわれている。20人ほどが歌と語りで訴えているが、わたしもギターを持って参加し、いまの状況について考えている。
浜松駅から40キロほど先に浜岡原発がある。浜松から静岡までが80キロ、浜岡原発はその中間に位置している。スリーマイル事故からチェルノブイリ事故に至る1980年代に浜松にも反原発の市民団体が生まれた。
当時、わたしは原発から10キロほどの菊川に住んでいたが、反原発の活動に出会うなかで多くのことを学んだ。
■浜岡原発運転差止裁判と原発震災
90年代後半、浜岡5号機建設をめぐり、浜岡原発が建つ佐倉地区で反対運動が起きた。その動きを経て、県内各地の反原発団体があつまり、浜岡原発を考える静岡ネットワークを結成した。
浜岡1号機がECCS配管の爆発事故、圧力容器からの水漏れ事故を起こすなかで、2002年、浜岡原発運転差止仮処分申請がなされ、わたしも申請者のひとりになった。この裁判は後に本訴が加えられたが、焦点は浜岡での原発震災だった。
しかし、原発震災は浜岡ではなく、福島で起きた。裁判で原告側が想定して語ったことが実際に起きてしまった。汚染が拡がるなかで、偽りが宣伝され、その責任はとられない。
■繰り返される偽りと無責任
この国では、偽りと無責任が繰り返されてきた。いまでは、原発事故は収束・コントロール、年20ミリシーベルトで安全、帰還可能などが語られる。また解釈という名で憲法違反を正当化し、戦争はしないが、集団的自衛権を行使するという。このような偽りの言葉による政治には、道理も思想もない。生命への思いのない言葉は空疎で冷たい。
近代の日本の歴史をみても、和親・修好、万世一系の天皇、治安維持、鬼畜米英、神風と偽りが宣伝された。敗戦では総懺悔が宣伝され、責任はあいまいなまま、天皇は象徴の座に居直った。日米安保が憲法の上に立ち、非核三原則、原子力の平和利用などの偽りが宣伝され、戦争被害者には受忍や無答責が強要された。
戦争責任も植民地責任も未解決であり、アジアの戦争被害者の賠償要求に対しては、政府は「解決済み」と語る。
■過去の清算の運動
偽りと無責任を問うこと、過去の清算が民衆を歴史の主人公にする。韓国では日帝下の戦争動員、米ソ冷戦下での戦争被害、民主化運動への弾圧などの分野で、過去清算がすすめられた。一つひとつのできごとでの真相究明、謝罪・賠償、再発防止のための教育と追悼が必要である。過去の清算を求める運動は民衆が人権と平和を実現することにつながる。
この流れの中で、戦時の朝鮮人強制労働では、2013年11月に光州地裁が三菱名古屋訴訟の判決で、反人道的不法行為や植民地支配に直結する不法行為での損害賠償請求権は、日韓請求権協定の適用外とし、三菱重工業に賠償を命じた。
この判決は、韓国での強制動員被害者支援財団の設立とともに、強制労働問題の解決の扉を開くものになるだろう。
■戦争の目的はその継続
金曜行動での語りのなかに、ジョージ・オーウェルの言葉を入れている。それは、戦争の目的は勝利ではなく、その継続にある。階級社会は無知と貧困の上に成立する。権力者は歴史を書き換え、戦争を正当化してきた。戦争は支配階級が被支配階級に向かっておこなうものであり、支配体制を無傷で維持するためにあるという一節である(『1984年』、マイケルムーア『華氏9・11』の最後の場面で引用されている)。
戦争を核の支配と読みかえれば、核の目的は電力ではなく、その所有・開発にある。政府は被害者を救済する意思をもたず、核の支配とその利権を求めてやまない。核被害の隠蔽と受忍の強要が、偽りと無責任とともに形を変えて、いまも継続している。
■過去清算から東アジアの平和へ
いまはグローバル戦争の時代であり、宇宙の軍事化による地球の支配、それによる先制攻撃とミサイル「防衛」、ロボット兵器の導入、対テロ戦争での平時の戦時化などを特徴としている。すでにアメリカと日本は軍事面で一体化し、その実行のために集団的自衛権行使を認めようとしている。
このような動きに対し、平和的な文化でつながってのグローバルな反戦運動が求められる。アジアの平和の枠組みを追求すべきときである。大飯原発再稼働での福井地裁判決のように、反原発の運動は人格権を獲得する闘いになってきた。
生命・自由・生存の確立に向け、過去の清算により、偽りを終わらせ、その責任をとらせ、アジアの平和を構想したい。
(反改憲運動通信2014.6から 竹内)