11・11松代大本営犠牲者追悼・平和祈念のつどい

 

2023年11月11日午前、第35回松代大本営犠牲者追悼・平和祈念のつどいが松代の象山山麓にある松代平和記念館イベント広場で開催された。主催はNPO法人松代大本営平和祈念館であり、40人ほどが参加した。松代大本営建設工事は1944年11月11日に始まったことから、市民団体はこの11月11日に追悼行事を開催している。

このつどいは献花に続き、平和祈念館から開会が挨拶された。そこで伝統舞踏者の金順子さんが追悼の舞を踊った。その舞は、無告の犠牲者の魂に呼びかけ、その想いを薄い布に包みこむように誘い、その布を風にたなびかせては魂を解き放ち、犠牲者の想いを胸に誘い込んでは慈しみ、ここに集う者たちとの交わりの空間を形づくるようにすすんだ。

  

舞の後、黙祷がなされ、松代大本営平和祈念館の建設にむけての募金の状況、戦争遺跡保存の動き、松代地下壕の案内活動の状況などの報告があった。報告後、富山、東京、静岡など各地からの参加者が挨拶した。松代現地の報告では、父が地下壕建設に動員されたこと、その後も塵肺で苦しんだこと、追悼することの意義などが語られた。

松代大本営の工事では6000人に及ぶ朝鮮人が動員されたが、死者で氏名が判明している者は4人にすぎず、そのうち一人は創氏名のままである。10年前からは行政が強制動員の事実を認めないようになった。このような状況は、いまも植民地主義が継続し、その清算がなされていないことを示している。

11日の午後には、象山壕入口付近にある「もうひとつの歴史観・松代」などの実行委員会が「第32回マツシロ11・11のつどい」を地下壕内でもった。ここには10人ほどが参加し、長野や東京の労働組合や平和運動のメンバーが想いを語った、

  

ここで、松代大本営に関する最近の調査についてみておこう。

長野市は2013年8月に象山地下壕の説明板にある「強制的に動員され」という表現の「強制的に」を白ガムテープで隠した。すでに壕案内のチラシでは同年4月に「動員されたと言われています」と変えられていた。さらに2015年のチラシには「必ずしも全てが強制的ではなかったなど、さまざまな見解があります。」という表現まで加えられた。

長野市は「強制動員」の歴史を否定し、ひとつの説とみなし、さらに歴史否定論の存在を認めて史実を相対化してしまったのである。また過酷な強制労働の実態を示す表現もない。第2次安倍政権発足後の長野県での出来事である。

ところで、2018年に長野県警察部「帰鮮関係編纂」の松代大本営関連工事での2432人の帰国者名簿が明らかにされた。この名簿は家族を含むものであるが、松代のグループは名簿分析を行い、出身地別・年齢別に分類した。また清野村の「内地在住朝鮮同胞戸籍及寄留調査手帳」(6冊)から166人の朝鮮人の氏名や戸籍情報が判明した。

信濃毎日新聞は「帰鮮関係編纂」の名簿を手がかりに現地調査を行い、8人の証言を得た(2020年2月連載)。NHKはこれらの名簿を手がかりに現地調査をおこない「幻の地下大本営 極秘工事はこうして進められた」を制作した(2023年9月30日、BS1放映)。ここでは、朝鮮からの強制的な動員者のうち死亡者が存在すること、日本人も当時は反対できずに協力を強いられて動員され、その後塵肺で死亡したこと、さらに清野村の朝鮮人名簿の分析から松代に居住する前には秋田の鉱山、富山の発電工事、東京の地下壕工事、長野の発電工事、愛知の地下施設工事の現場にいたことも示された。2023年には長野県強制労働調査ネットワーク編『本土決戦と外国人強制労働』(高文研)が出され、松代大本営に関する報告も収録されている。強制動員の調査は進展した。

発見された「帰鮮関係編纂」には、土木工業協会の書式による西松組の「移入朝鮮人労務者名簿」が含まれている。ここには統営隊、金堤隊など、集団連行した郡を示す記述もある。この名簿史料は、西松組直営の現場に配置された連行朝鮮人の存在を示すものであり、「移入朝鮮人労務者」という名の強制動員者を示す貴重なものである。強制動員はあったのであり、伝聞ではなく事実である。                                                             (竹)