「パッチギLOVEPEACE20075

「パッチギLOVE&PEACE」は前作の「パッチギ」に続く映画である。舞台は東京の朝鮮人集落枝川が中心になる。そこでのアンソンとキョンジャの兄妹の活動を軸に、父の植民地支配と戦場の体験を交差させて、話がすすんでいく。

 戦場に送られて死を強いられることを賛美するものたちはいつの時代にもいる。その論理は虚偽の言葉で組み立てられている。その論理は、人間を大切にして生命を守っていくものではなく、死を賛美する論理である。

 今回の映画では、戦争を賛美する「特攻」隊の映画製作場面を設定し、その様な戦争賛美を克服する表現を、キョンジャの語りによって成立させた。アンソンとキョンジャの父がもしヤップ島で戦争死していたら、2人はここにいない、家族も存在しないという歴史をふまえて。

映像は、アンソンの子どもの病気回復への願い、キョンジャの映画のセリフへの想い、枝川に生きる人々の連帯感、佐藤とアンソンとの友情と佐藤の離散家族との出会い、戦場の中の父や伯父の生存へのたたかいなどを描く。これらの関係の網を示すことによって、愛情を簒奪するものたちの虚偽・虚飾をあぶりだし、その論理に頭突き(パッチギ!)を食らわすわけである。

 枝川の在日のある家族の歴史物語がこの国の支配的風景の虚偽を撃つ。都知事石原慎太郎は、枝川の集落が造ってきた朝鮮人学校を奪うことを狙い、戦争を賛美する映画「俺は君のためにこそ死ににいく」を撮って公開した。この映画はそのような石原都政とそれを支える市民の精神のありようへの問いかけでもあり、市民の側からのあらたな歴史認識の確立を呼びかけているように思。                   ()