2008127「グローバル資本主義と金融危機」白川真澄講演会

127日の白川真澄さんの講演会「グローバル資本主義と金融危機」を浜松で持った。講演内容は、この間の諸問題がよく整理されているものであり、それをもとに、参加者がオルタナティブに向けて活発に討論した。危機は民衆による共同社会建設への議論を盛んにし、それにむけて地域から、その主体としてのユニオンや協同組合の活動を強めることになる。今回の議論はその出立を確認するものだった。以下は、その講演の要約である(文責人権平和浜松)

 

「グローバル資本主義と金融危機」白川真澄

こんにちは、浜松の皆さん、ピープルズプラン研究所の白川です。雑誌『ピープルズプラン』の編集長です。きょうは皆さんに「グローバル資本主義と金融危機」の題でお話します。

 

● グローバル資本主義の展開

 はじめに、グローバル資本主義についてみておきます。グローバル資本主義は1980年代以降、本格的に展開しました。その推進主体は多国籍企業と証券会社、ヘッジファンド、銀行などの巨大金融機関です。金融活動がグローバル資本主義を主導してきました。モノ(商品)の取引をはるかに上回るマネー(資金)の取引がおこなわれるようになったのです。

2007年度の世界の外国為替やデリバティブ(金融派生商品)の取引高は1日当たり5兆3千億ドルであり、他方、商品やサービスの貿易に必要な外国為替取引高は1年に6兆ドルほどです。世界の金融資産は152兆ドル(06年末)にもなり、世界のGDP3.2倍となっています。1990年には1.7倍でした。うち80兆ドルが金融市場にとどまっています。

大量の資金が、生産活動や工場への投資にではなく、株・証券や外国為替や不動産への投資に向かい、マネーゲームで巨額の利益を上げるという経済ができあがったのです。

世界的なカネあまりが生まれ、過剰マネー(有利な投資先を見いだせない資金)が氾濫するようになりました。その原因は、1971年の金・ドルの交換停止とその後の変動相場制への移行以降、米国が慢性的な経常収支赤字を続け、ドルを垂れ流してきたことです。経常収支赤字は2005年度には8000億ドルにも膨らんだのです。

日本・中国や産油国は対米輸出で貿易黒字を増やしたのですが、これを米国の国債や株式の購入に回し、米国へ世界中から資金が還流しました。この資金循環構造が、ドルが基軸通賃という特権的地位を維持できてきた秘密です。

米国は、1980年代以降、とくに1990年代のクリントン政権以降ですが、産業活動よりも金融活動や情報産業に活路を見いだし、ドル高・高金利政策によって世界中から資金を吸収しました。マネーゲームを設計する「金融工学」がブームになりました。同時に、米国は、マネーゲームのために自由に資金の移動ができるように、発展途上国を含むすべての国に資本取引・外国為替取引の自由化を強要してきました。

 米国の意を受けたIMFは「コンディショナリテイ」を課し、金融・資本市場の自由化を推進したわけです。これが、ウオール街と米国財務省とIMFの結託による「ワシントン・コンセンサス」です。IMFは海外からの資金を受け入れさせるために高金利政策をとらせました。

巨額の投機マネー(短期資金)の国境を越える自由な移動は、バブル経済とその崩壊による金融危機を繰り返し起こすようになります。 1987年のブラックマンデー(株の世界同時暴落)、1991年の日本での土地・株バブルの崩壊、1997年のアジア通貨危機と米国のヘッジファンドLTCMの破綻などが、その例です。

 

    サブプライムローン問題と金融危機

つぎにサブプライムローンとそれによる金融危機の動向について話します。

今回の金融危機の引き金になったのは、住宅ローンであるサブプライムローンを証券化した商品でした。この商品には落とし穴があったのです。

まず第1に、サブプライムローン債権それ自体がリスクの高いものでした。借り手に返済能力がないことを見越してローンを貸し込んだのですが、住宅バブルが起こっていてローンの借り換えが可能であった間は、そのリスクが隠蔽されてきました。

2に、証券化によるリスクの分散・飛散・不可視化がおこなわれました。リスクを売買可能な証券という形にして第三者に転嫁したのです。サブプライムローン債権は転売され、証券会社の手で他の優良な住宅ローン債権と混ぜ合わせて住宅担保証券(RMBS)が発行され、さらに他の自動車ローン債権などと束ねて債務担保証券(CDO)が発行され、銀行やヘッジファンドが買い入れました。こうした複雑な金融商品に仕立て上げられることで、サブプライムローン債権がどこにどれだけ含まれているか誰にも分からなくなりました。

3の問題点は、格付け会社による格付けです。ハイリスクのサブプライムローン債権を組み込んだ証券を、格付け会社が最優良のトリプルAに格付けたのです。そして、金融保険会社(モノライン)が債務不履行の際の元本保証、つまり損失の肩代わりを約束した金融商品(CDS)を発行します。このように、リスクへの保証を示すことでリスクを隠蔽してきたのです。詐欺に詐欺を重ねたような商法です。

しかし、住宅バブルが破裂して利息収入が得られなくなりサブプライムローン証券化商品の価格が暴落し、格付けも引き下げられることになったのです。

さて、このローン債権を証券化して高収益をあげるという証券化ビジネスの主役は、証券会社や保険会社でした。信用レバレッジによって、少ない自己資本で何十倍もの資金を借り入れ、多くの証券化商品を作りだし、その手数料を稼ぐことで高収益をあげたのです。たとえば、ゴールドマン・サックスの自己資本利益率は、昨夏まで年40%となり、CEOのボーナスは66億円という高額なものでした。

預金を集めて貸し出す「商業銀行」とは違って、証券の発行や株式の取引、MAの仲介をする「投資銀行」の業務に対しては規制がほとんどないのです。それを利用して1980年代以降、とくにブッシュ政権期の規制緩和路線の下で、証券化ビジネスが自由放任状態になり、暴走してきたのです。しかし住宅バブルが崩壊したため異変が起こり、サブプライムローン証券化商品の暴落によってこれを保有していた金融機関の損失が2007年夏から表面化しました。とくに証券会社が直撃されました。

2008915日に米国証券大手のリーマンブラザーズが破綻します。リーマンは値崩れを起こして不良資産化していたサブプライムローン証券化商品を大量に抱えていました。それによる巨額損失が予想されて株が暴落することになり、資金調達が困難になりました。米国政府は2008年3月に破綻状態になった証券大手ベアースターンズや7月に経営危機に陥った住宅金融公社を救済したのですが、リーマンへの公的資金投入による支援は拒否しました。リーマンは経営破綻し、続いて保険最大手のAIGの株も暴落し、資金調達が困難になります。政府は、AIGが多くの金融機関の損失肩代わり商品(CDS)を大量に発行してきたという理由で、AIGを救済します。しかし、世界同時株安が発生しました。

リーマンと同じような不良資産を抱える証券会社や銀行は数多くありますから、いつ破綻するか分からないという金融機関どうしの相互不信から短期資金の貸し借りがマヒします。資金の流動性が枯渇し、銀行間の取引金利(LIBOR)も急上昇しました。金融株を中心に株の暴落がすすみました。市場での競争の基礎に「信頼」がなければ経済や金融は動かないのですが、その「信頼」の崩壊が始まったのです。

この金融危機は欧州に飛び火し、銀行間の取引がマヒ状態になりました。アイスランドは国家的破産をむかえ、海外からの預金口座を凍結し、債務不履行に陥りました。各国政府は資本注入や部分国有化などで大手銀行を救済しました。しかし、10月上旬には、NY株式市場でダウ工業株平均が1万ドルを割り、東京株式市場では日経平均株価が1万円割れし、8日間連続で世界同時の株暴落が進行するという事態になったわけです。

まさに金融恐慌が勃発したわけです。市場を支える「信頼」関係の崩壊によって金融システムの機能がマヒしました。世界的なカネあまりという「過剰流動性」のなかで「流動性の枯渇」が起こったのです。この信用収縮は、市場の自己調整能力の限界を露呈するものでした。市場への政府による強力な介入を求める声が高まり、公的資金の投入となったのです。

 

     国際協調による介入とその限界

1929年の大恐慌の時期と違い、欧米日プラス中国などの政府が国際協調して市場に介入し、なりふりかまわぬ金融安定化対策を実施しています。政府による介入は成功しているのでしょうか。

中央銀行による無制限の資金供給と繰り返しての金利引き下げは効果を生んでいません。また、米国の金融安定化法にみられるように、政府の公的資金投入による不良資産の買い取りは損失補填による資本減少をカバーできません。

政府の公的資金投入による銀行への資本注入は、米国で25兆円、英仏独の3カ国で26兆円、日本で10兆円(予定)に上ります。けれども住宅価格の下落続行や不況の長期化による不良債権の増大によって、再度の資本不足となる恐れもあります。銀行間取引の債務(貸し倒れ)に対する政府保証が、英仏独の3カ国では186兆円という規模でおこなわれましたが、銀行間取引金利はやや低下してきました。時価会計は凍結され、損失隠しがおこなわれています。ローン市場への資金供給では、FRBが住宅ローン、自動車ローン、教育ローンなどの証券化商品を買い入れて、個人向けのローンの貸出しを緩和させるために77兆円を投入しています。シティ銀行に対して米国政府は450億ドルもの資本注入をおこない、2,493億ドルもの不良資産から生じる損失の肩代わりをします。

手厚い金融安定化対策によって金融機関の連鎖的倒産は免れていますが、すでに米国では08年での倒産は19銀行となり、株式市場は低落したままです。この金融危機が実体経済の深刻な不況に転じているからです。銀行は企業や個人のローンヘの貸し渋りに走っています。そのため企業の倒産、失業率の上昇、消費者ローンの収縮が起こり、個人消費が減退しています。金融安定化対策だけでは実体経済の不況に対応できないのです。

 さらにアイスランド、ウクライナ、ハンガリー、韓国などへの金融危機の波及が深刻です。これらの国々に投資してきた先進諸国の銀行などが経営悪化による資金繰りのために大量の資金を引き揚げました。資金の突然の大量流出に見舞われた国々の株価と通貨価値が暴落しました。たとえばアイスランドのクローナは対ドルで67%、ウクライナのフリビナは47%、ブラジルのレアルは33%、韓国のウォンは30%の下落となりました。

このため、IMFはアイスランドなどに緊急融資をおこなうことになりました。アイスランドはIMFの路線に乗り、金利を高くして海外から資金を流入させ、その資金を投資して収益をあげてきましたが、それはGDP10倍の額に達しました。そのマネーがいっせいに引き揚げたために、国家的破産になったわけです。

世界同時不況が到来しようとしています。米欧日は09年には戦後初めてそろってマイナス成長に陥る見込みです。米国では米国経済の背骨とでもいうべきGMなどビッグ3が倒産の危機にあり、自動車や金融部門を中心に雇用者数は911月だけで125.6万人が減少しています。1月からみれば191万人の減少であり、 11月だけでも53万人が失業しました。34年ぶりのことです。失業率は6.7%に上昇し、デトロイトのあるミシガン州では9.3%の高率です。

日本にも金融危機と不況が襲来しています。金融部門では、大手銀行は保有株の暴落による損失と不良債権の増大により純利益が半減していますし、地方銀行の3分の1が純損失に転落しました。企業はCPや社債の発行による資金調達が困難になり、中小企業向けの貸し渋りも激化しています。倒産件数は1年で15千件を超える勢いです・

08年と09年のGDP成長率は2年連続マイナスの見通しです。11月の鉱工業生産指数は前月比6.4%減となり、1973年以来の落ち込みです。トヨタは工場の休止、大手鉄鋼会社は高炉の休止に追い込まれました。個人消費は、全国百貨店売上高が前年同月比6.6%の減少、新車販売台数は前年同月比27%減と、大幅に減少しています。

何よりも雇用の急速な悪化が問題です。有効求人倍率は4年半ぶりに0.80の低水準に逆戻りしました。派遣切りが次々に行われ、3月までに非正規雇用労働者の少なくとも3万人が解雇され仕事も住まいも奪われようとしています。

 

●経済危機への対抗・オルタナティブのために

今回の金融危機は、金融資本主義の破綻を告げるものです。これは、米国の大手証券5社が半年間で消滅したように、「投資銀行」の証券化ビジネスの破綻に他なりません。高い金利で海外から資金を引き寄せて証券投資で稼ぐという「金融立国」路線をとったアイスランドは、国家的破産となりました。

金融恐慌はすごい暴力性をもっています。現在の金融危機はこれまでの金融資本主義の破綻であると同時に、実体経済から遊離して異常に膨張した金融経済の暴力的な収縮の過程でもあるわけです。それは経済全体の均衡の回復なのですが、過剰の解消の過程は、暴力的なのです。それは、世界の株式時価総額が昨年10月末の63兆ドルから今年10月には33兆ドルへ半減したように、巨額の富が破壊されて無に帰する過程です。何よりも、労働者の雇用や貧困者の生存を無慈悲に破壊し、中小企業を倒産させる暴力をふるいます。

これに対し、各国政府が採ってきた金融危機対策は金融システムの安定化にだけ力を注ぎ、労働者の雇用や社会的弱者への支援は後回しです。たとえば政府による銀行への資本注入は、経営責任の明確化、報酬制限、不良資産の厳密な査定などを条件にして、貸し渋りをなくす目的で行われるべきですが、現実には貸し渋りは解消されず銀行の救済だけに終わっています。

1114日・15日にもたれたG20は、「すべての金融市場・金融商品が状況に応じて適切に規制され、監督の対象となる」ことを宣言しました。「自由市場原理が持続的な繁栄につながる」「政府の介入は万能薬ではない」と規制に反対してきた米国の主張を押し切って、資本主義は金融に対する規制の強化に方向転換しました。

ただし、それは原則の確認だけにとどまり、ヘッジファンドの情報開示や格付け会社の登録制などの規制の具体策は先送りにされました。また、ドル支配体制に代わる新しい国際通貨体制については議論されていません。

さて、このような経済危機に対抗するためのオルタナティブについて最後に考えていきます。 わたしたちは、どのようなオルタナティブを対置するべきでしょうか。

 第1に、過剰なマネーの投機的運動に対する国際的な規制と監視を強化することです。すべての外国為替取引に課税する国際通貨取引税の導入が必要です。信用レバレッジの制限やオフバランス(簿外)取引の禁止、ヘッジファンドの情報開示なども求められます。

 第2に、金融のあり方の転換が求められます。銀行など金融機関に集まる資金については、一定額以上を必ずその地域の企業や個人に融資することを義務づける必要があります(たとえば、米国の地域再投資法)。これまでの小泉・竹中らの「貯蓄から投資へ」路線を転換し、証券優遇税制をやめ、証券や株式の売買による利益への課税を重くすべきでしょう。おカネを誰のために何のために使うのかという根本的な議論も必要です。

3に、もうひとつの金融システムの発展が求められます。たとえば、市民バンクや地域通貨の取り組みがあります。たとえば「未来バンク」では市民が自分達で資金を集め、それを環境事業に活用するなどの活動をしています。バングラディシュのグラミーンバンクなども市民バンクのひとつです。

4に、金融経済の膨張が主導するような経済からの脱却が求められます。そして、米国の過剰消費を当てにした輸出依存の経済は行き詰りました。基本的には、農業の再生を基礎にした地域循環型の経済の発展が求められます。農業に工業の論理を押し付けてはならないのであり、農産物輸入の自由化をストップするは当然のことです。

5に、不況の犠牲のしわ寄せを許さないための社会的セーフティネットの拡充が求められます。一方的な契約破棄である派遣「切り」を禁止させ、非正規労働者の雇用を継続させること、労働時間短縮によるワークシェアリング実施を企業に義務づけること、雇用保険の適用の拡大による失業者の生活保障制度の確立などが求められます。また、財政再建を優先する路線を転換させることも大切です。赤字国債の増発ではなく、環境税を創設し社会保障費に充てること、個人所得税の累進性を強化すること、軍事費の大幅な削減を目指すことなどもあげることができます。

 経済と金融、社会へのさまざまなオルタナティブをわたしたちの側から実践的に提示していく時代に入ったといえるでしょう。地域からオルタナティブを担うさまざまな主体の形成とその運動が求められているわけです。