10・7浜岡原発運転差止訴訟、
勝利判決をめざす全国集会(静岡)
2007年10月7日
浜岡原発をめぐっては、2002年4月に東海地震前に浜岡原発を止めることを求める仮処分申立がなされ、3次にわたる申立には1900人ほどの市民が参加した。2003年7月には、その危険性を立証するための本訴がおこされた。これらの裁判の判決は2007年10月26日に出される。原告が勝訴すれば仮処分申立により中電は原発の停止命令を受けることになる。この7月には原告の主張を証明するかのような柏崎刈羽原発での震災事故が起きた。
このような経過の中で今回の集会がもたれた。
集会は原告団団長の白鳥良香さんの挨拶から始まった。白鳥さんはこの間の経過をふまえ、力強く闘いの継続を呼びかけた。
新潟の近藤正道参議院議員は柏崎刈羽原発での震災事故の状況を、現地調査による写真を紹介しながら次のように語った。
地震はM6.8の規模だが、地盤の弱い場所にある柏崎刈羽原発が傾くほどの揺れであった。原子炉内での調査は未実施であり、塑性変形の可能性が高い。住民は30年来、地盤の問題を主張してきたが、その主張が証明された。現地では、たとえば抵抗の団結小屋が破壊されるなど、「原発の行くところ民主主義はない」状況だった。原子炉内の有害なひずみの検証は不可能である。運転の再開は許されないし、廃炉しかない、と。
浜岡原発差し止め訴訟・原告側弁護団の海渡雄一さんは訴訟の要点をまとめ、裁判での中電との争点を明らかにした。海渡さんは次のように話した。
浜岡原発はプレート間地震の震源断層の真上に建設されているが、ここではM8を超える地震が想定されている。浜岡原発はきわめて危険な原発である。原発震災になれば国家が壊滅しかねない。原発事故での災害は450兆円を超える試算もあるが、原子力損害賠償法と損害保険制度では、中電はわずか300億円分の保険金で済ませることができる。後の損害は国が援助する仕組みである。地震では中電は免責され、市民が甚大な被害をうける。行政には原発震災への対策はない。
裁判では想定を超える地震と地震動が発生する可能性を立証した。追及の中で中電は南にあるとみていた小さなアスペリティを浜岡の下に移動させて地震を想定し、「安全」とした。しかし、より大きなアスペリティによる激しい地震動があると考えられ、決して安全ではない。震源断層面も中電が想定した場所よりも浅いところにあると考えられる。だが中電はより大きなアスペリティによる地震とその震源断層面がより浅いところにあることを想定しての地震に対し、説得力のある説明を行いえなかった。
原子炉内部の地震での危険性については、たとえば再循環系配管(評価点66)の脆弱性について示し、3000ガルを超えれば安全性が確保できないことを明らかにした。中電は安全性確保についての立証を放棄し、安全性基準については「余裕」などを語り、情緒的な主張を展開した。また原発自身の老朽化も心配である。中越沖地震での柏崎刈羽原発の状況をみれば浜岡での原発震災は避けられない。今すぐ停止すべきだ。
この講演の後、基調報告を弁護団の河合弘之さんがおこなった。そこで河合さんは裁判の経過と中電の問題点を示し、次のように話した。
仮処分申立では検証や証人尋問などの立証ができないという限界があり、本訴となった。裁判で中電が出した図面はマスキングだらけだった。本訴では現場検証も行い中電側を追い詰めた。電力会社は「リスク管理」や「コンプライアンス」を無視している。それは地域の電力を独占し、自身がつぶれないからだ。原発被害についてのデメリットは、首都圏を放射能が襲い、国家の壊滅さえ想定されるというものであり、きわめて甚大な被害である。メリットは中電にとっては中電内での電力のやりくりくらいだ。リスクのほうが大きいことは明らかである。裁判で負けても、中電は原発を止める意思がないようなことを記者に語っている。「コンプライアンス」も無視する対応であり、無責任だ。今回の裁判に勝ったら、中電を追及して原発を停止させるべきであり、たとえ負けても勝つまで裁判をすすめる。浜岡で大きな事故があれば全国民に被害が及ぶからだ。裁判官には、世の中で一番危険な浜岡原発を止めるという判断を求めてきた。
その後、集会では静岡、牧の原、三島、掛川など静岡現地、さらに茨城、東京、名古屋など全国各地からアピールがおこなわれた。
そこでは、
10・26の判決は約40年の浜岡原発反対運動のひとつの節目となる。民衆の力で浜岡原発を止める陣形をいっそう強めていこう。 (竹)