強制動員真相究明ネット・第2回研究集会        20071125 

 

20071124日・25日と東京で真相究明ネットワークによる第2回研究集会がもたれた。研究集会では軍人軍属、遺骨、強制労働の三つのテーマで16人が発表した。この間、強制連行の概念について整理することと麻生鉱業についてまとめる必要を感じていたので、「強制連行概念の整理と麻生鉱業による強制労働について」というテーマで話した。

ここでは「強制連行概念の整理」のテーマでまとめ、今後の課題についてもふれておきたい。

強制性の理解は歴史認識に関わる問題である。最近、沖縄の「集団自決」をめぐって話題になっているが、ここでも「自決」での強制性がテーマになっている。皇民化がすすめられ、戦時の軍官民一体という態勢のなかで、死が名誉とされていく。そのなかでのおこなわれた「自決」行為のなかに国家と軍隊の強制性がどのように貫徹されていたのかを認識することが求められているわけである。「志願」という行為の中にある「強制性」が解読されるべきである。歴史認識とは、存在を構造的に理解し、人間性を疎外しているものを見抜く力であってほしい。朝鮮での戦時動員においても、労務や軍務での動員がおこなわれたわけであり、身体的な強制のみならず、「志願」という行為に組み込まれていた強制性についてみていく必要があると思う。

さて、戦時の強制連行・強制労働を「戦争奴隷」として捉えなおし、現代奴隷制の一形態として位置づけていくこともできるだろう。 

ケビンベイルズは『グローバル経済と現代奴隷制』(1999年・日訳2002年凱風社)で新奴隷制の存在を指摘し、その特質を人間の所有権から人間の支配権への移行とし、人間の「使い捨て器具化」を批判している。現代の新奴隷制とは人間への支配権が行使され、暴力によって支配され、個人の自由を否定され誰かのために稼がされている状態である。ベイルズは第2次世界戦争以後のグローバル経済をテーマにこの現代奴隷制を論じているわけだが、戦時の占領地・植民地での強制労働についても戦争奴隷として、現代奴隷制の枠組みに入れてみていくことができる。ベイルズは戦争奴隷を政府が率先して手を下している奴隷制と記している(36頁)。強制連行は政府と企業による戦時の新たな奴隷貿易であったとみることもできるだろう。ここでの「契約」は偽装であった。 

 「人道に対する罪」には、民間人に対する殺戮、絶滅、奴隷化、強制移送(強制連行)、その他の非人道的行為がある。「大東亜共栄圏」のもとでの皇民化による強制連行・強制労働はここでの奴隷化、強制移送にあたる。強制労働・強制連行は戦時の労働奴隷制であった。人種差別によるアジア労働力の階層化もおこなわれた。その選別の軸とされたのは日本国家への忠誠度を示す「皇民性」であった。この労働力移動の一環としての朝鮮人労働力の移送がおこなわれた。当時、北炭の釜山出張所では朝鮮人労働者を「チロ」、中国人労働者を「カロ」と蔑称して「連送」していたが、これは戦時の奴隷貿易での品種の呼び名でもあったといえる。占領による植民地形成は20世紀初頭からの軍事支配と皇民化を強要したが、それは朝鮮民衆を奴隷化するものであり、その果てに戦争動員・強制移送がおこなわれたのである。

 解放直後の19451031日に札幌で朝鮮民族統一同盟全道大会がもたれた際、「強制移入労働者を酷使した日本資本家に対する正当なる慰労金要求」という議案が可決されていることからも、強制性について認識されていたことは明白である。この同盟の要求項目には「被他殺者に対し十万円」の要求があるように暴力的拘束と支配の中に連行朝鮮人はいた(北海道新聞1945111日、3日付、桑原真人『近代北海道史研究序説』331頁・北海道大学図書刊行会1982年)。ここにある「強制移入」を、人道に対する罪である強制移送(強制連行)としてみるべきだろう。

 日本軍が占領したアジア各地の鉱山には多くの民衆が動員された。タイとビルマをつなぐ泰緬鉄道建設工事では20万人余のアジア人労務者が連行され、強制労働の中で7万人ともいう死亡者がでた(内海愛子・Gマコーマック・Hネルソン編『泰緬鉄道と日本の戦争責任』156頁 明石書店1994年)。極端な例かもしれないが、フィリピンでは、日本軍がマウンテン州の村から捕らえた人々を軟禁し、軍用の雑務を強要した。その際、収容した人々にカラバオのように鼻輪を付けて酷使した(上田敏明『聞き書きフィリピン占領』勁草書房1801990)

 アジア人の日本軍への組織化もすすめられていた。東部ニューギニア・ソロモン諸島・ビスマルク諸島でのインド人・マレー人・インドネシア人・中国人などが、特設水上勤務隊・特設建築勤務隊・野戦兵器廠などに編入される形で日本軍に組織化されていた(前川佳遠理「アジア人兵士とBC級戦犯裁判」(『上智アジア学192001)。これらの部隊は基地建設や輸送業務などの軍事的労務が主であったが、戦死者も多く、逃亡すれば裁判なしで処刑された。その実態は軍用労務奴隷であった。

朝鮮民衆の強制連行・強制労働は、このようなアジアの占領地での「大東亜労務動員体制」下での動員の一環であったのである。

戦後、天皇制が存続し、戦争責任の追及は不十分なままであった。朝鮮での戦争と分断、軍事政権の成立によって、過去は清算されなかった。韓国では民主化によって人権・民主・平和獲得をめざす「過去清算の運動」が形成されて、現在に至る。運動として「過去清算」が提示されていることは重要である。

強制連行・強制労働については戦後、その実態はあきらかにされてこなかった。それゆえ、いまもなお尊厳回復が課題になっている。韓国では「日帝強占期」という用語が使用されている。日本帝国主義による強制占領の時期という意味であるが、このように捉えることで、日本の朝鮮での違法行為を戦争犯罪として追及することができる。これも、新たな視点である。

戦時の強制連行・強制労働を新たな視点でとらえなおし、研究・調査を深めていくことができればと思う。この問題の解決を通じて、新たな人権と平和にむけての関係を作っていくことができるだろう。