9・11やめまい!原発浜松ウォーク
9・11事件から10年、3・11福島原発事故から6か月の2011年9月11日、浜松市内で市民の実行委員会(やめまい!原発浜松)による、やめまい!原発浜松ウォークが取り組まれ、200人が参加者した。
浜松駅前市民の木で集会がもたれ、開催の挨拶ののち、浜岡原発を考える静岡ネット、御前崎現地の浜岡原発を考える会、浜岡停止裁判の会、ストップ浜岡原発、子どもの給食を守る会浜松の仲間や参加した市民の発言が続き、三上湖西市長も発言した。その後、ナオミさんの祈りの儀式、めでたバンドとNO!NO!BANDなどの演奏がおこなわれた。
集会後は、モール街、有楽街、中電前、鍛治町などを「原発いらない」「原発廃炉」などの掛け声をあげて歩き、中電前では「中電は浜岡原発を廃炉にしろ」「再稼働反対!」と力強くコールした。ウォークでは反原発のさまざまな表現のプラカードが掲げられ、先頭にピースドラムのグループ、後段に労働組合の旗が続いた。
ウォーク終了後、簡単な総括集会がもたれた。そこでは、集会宣言の採択ののち、国鉄労組浜松支部や愛知など各地の参加者が発言し、浜松での「幸せの国づくり」などの企画が紹介され、サンバの音楽演奏がおこなわれた。
集会とウォークの場は反原発・脱原発のさまざまな表現が交わる場となった。
この日、静岡から派遣されてきた警察の中電前警備部隊は、中電浜松支店前で、ウォーク参加者をビデオ撮影するなど、平和的ウォークの参加者を犯罪者のようにみなし、過剰な威嚇をおこなった。実行委員会はこれに対して、表現の自由を侵害する過剰警備として強く抗議した。放射能をまき散らし、その被害を明らかにしない政府と電力会社こそ監視されるべき、と語る参加者もいた。
9月10日には、シネマイーラとやめまい!原発浜松の共催で、映画監督の鎌仲ひとみさんを囲む会が肴町公会堂でもたれ、50人が参加した。
質疑応答が活発になされ、鎌仲さんはそのなかで、福島原発事故とその後の政府の事故の真相の隠ぺいが、国家犯罪を完全犯罪とするような形で進んでいることを指摘し、エネルギー政策の転換についての具体的な事例も紹介した。そして日本人にも力があり、各地域で脱原発の活動をすすめることを呼びかけた。最後にバンドが「黒い雨」などを演奏し、交流会を終えた。
以下、9・11浜松集会宣言。
集会宣言 9・11やめまい!原発浜松ウォーク
2001年の9・11以後、グローバルな戦争がすすめられ、殺人が正当化され、多くの人々が生命を失ました。航空自衛隊浜松基地からもイラクでの戦争支援のために何度も派兵されましたが、2008年に名古屋高裁はこのイラクでの米軍支援の活動を憲法違反としました。9・11から10年の今日、私たちは1945年の浜松空襲で生き残ったプラタナスの木の下で、過去の戦争加害を心に刻み、戦争反対の意思を表現します。
2011年の3・11の大地震による福島原発事故は今も続いています。今後、拡散した放射能によるガンなどの死亡者は数十万に及ぶといわれます。
福島原発の事故は、原発が安全ではないことを示しました。原発事故は地域と社会を破壊し、住むことができない状態を生みます。平和に生きることをできなくします。
原発事故が起きると、情報は隠ぺいされ、「直ちに健康には影響がない」「安全基準値以下で安全」などのウソが繰り返されます。被曝の実態は直ちに明らかにはされず、知るべき情報から主権者が隔離されます。原発は民主主義の対極にあります。
ウラン燃料採掘や原発の稼働で多くの労働者が被曝します。「防護服」は内部被曝を防ぐにすぎず、多くの労働者が被曝による疾病で亡くなっています。労働災害を認定された人は一部です。今も多くの被曝労働がつづいています。政府と電力会社は過疎の地域の住民を札束でたたくようにして設置をおこなってきました。このような労働者への被曝や過疎地への立地強要は人権侵害です。
原発から出る放射能廃棄物には100万年の管理が必要なものもあります。これから生きる人々に、このような核のゴミを残すことは賢明な選択ではありません。福島原発事故では広島原爆の168個分といわれる放射性セシウムが放出されました。政府は事故を過少評価し、汚染地域での居住と子どもたちへの被曝を強いています。事故の放射能は空・海・陸と地球全体に広がり、日本は加害の側にもなりました。事故による放射性物質と核廃棄物は環境を汚染し、生きるものすべてを侵します。
このように、3・11の福島事故は、原発が平和・民主主義・人権・環境などに反するものであることを示しています。政府は事故から2か月後に、原発震災が予想されてきた浜岡原発を停止しました。しかし、中部電力は再稼働を公言し、政府は原発を廃止する道筋を示してはいません。
政府は、福島事故資料の公開、福島などからの自主的な避難への支援、子どもたちの集団避難体制づくり、暫定「安全」基準値の見直し、汚染被害への賠償、内部被曝への医療調査とケア、原子力政策の転換、原発の再稼働と新規建設の中止、原発輸出の停止、独占的電力事業の分離、など多くの課題にとりくむべきです。
汚染された大地を元に戻すことは困難ですが、新たな原発事故による汚染を止めることはできます。政府は今こそ、これまでの原発の推進政策に別れを告げ、新たなエネルギー政策をとるべきです。また中部電力は浜岡原発全機の廃炉をすすめるべきです。
2011年9月11日 やめまい!原発浜松ウォーク・集会参加者一同