イラク派兵、自衛官の本当の気持ち

11月15日浜松での片岡顕二さんの発言から

はじめに

 私が自衛隊に入隊したのは70年安保闘争がおわったころでした。東京市ヶ谷の陸上自衛隊第一師団第32普通科連隊第4中隊に配属、レンジャー隊員の資格も取りました。その一方で、自衛隊や中隊長の精神教育批判、隊内生活の改善などを求める隊内機関誌『不屈の旗』を発行しました。

 反戦自衛官とされて、北海道への強制的転属命令が出され、それを拒否したために、1989年約18年間在職した自衛隊を免職されました。その後その撤回を求めて裁判をつづけ、4年前に最高裁で敗訴となりました

湾岸戦争での掃海艇派兵と今日

 1991年の湾岸戦争の後、閣議決定により自衛隊の掃海艇が派兵されました。私と2人の自衛官の3人で防衛庁長官室に行き派兵に抗議したのですが、自衛隊の警務隊に逮捕され2人は「自衛官としてふさわしくない行為」として免職になりました。

 なぜ私たち自衛官が行動したのかといえば、自衛隊の戦後初めての派兵にも関わらず、議論ひとつせず、憲法も自衛隊法さえ無視して、一部の政治家が閣議決定という形で出動させられる。こんな派兵を黙って許したなら、次から次へと派兵が繰り返され、行き着く先は戦場。自衛官の命の問題です。自衛官だからこそ声をあげるべきだと考えたからです。

このとき危惧したことが、今イラク派兵として現実に行われようとしています。  

 この派兵・参戦を許せば、のちの世代から戦争責任を問われるでしょう。戦争国家とその国家による派兵をどうやってとめるか、何を突破口としていくのかを真剣に考えることが求められています。

イラクの現状と自衛官の本音・現実

 イラクはまさに戦場です。11月に入っての発言を見ても米軍司令官は「この戦闘と戦争に勝つ」と語り、アーミテージは「イラクは戦争地帯」だと語っています。

 このようなイラクには「行きたくない」が自衛官の本音です。その理由は、家族を含め国民の反対の声が高く、法律や保障面に問題があり、なによりも自分自身を納得させる理由がないからです。イラクに派兵されるにあたり、「誰のため何のために命をかけるのか」の自己了解ができないのです。

 しかし、拒否をして不利益を被るおそれ、同僚に後ろ指を指されるかもしれないという思い、そして自衛隊内の命令と服従の縦社会での順応体験によって、現実には「本音」を心の奥にしまいこみ、「仕方がない」として出動させられる隊員が多いといえます。「中隊長を父、先任陸曹を母、先輩を兄」とする家族主義的管理。私的命令でも拒否には罰則やリンチが加えられ、身体に覚え込まされる「命令~服従」の軍隊的規律。そのような縦社会の自衛隊生活の中で、隊員は自らの判断力ではなく命令や指示によって動くようにされているのです。

自衛隊イラク出動の問題点

 イラクにとって自衛隊の派兵は日本を米英に次ぐ敵対国とします。自衛官がイラク人を殺すこともありえます。もし誤って殺害した場合、誰が裁くのでしょうか。米軍には軍法会議がありますが、自衛隊には裁判権がありません。交戦規則に違反しているかどうかが判断基準となりますが、政治的判断で罪は問われずに無罪放免となると考えられます。

 自衛官は今まで銃の引き金を人間にたいし引いたことがないのです。そのストレスは大変なものです。さらに、誰もがはじめて人を殺したときに感じる罪悪感が、どんなに違法性がある「殺し」も「無罪放免」になった場合はどうでしょう。旧軍人の証言でも明らかなように次第に薄れていく感覚が恐ろしいと思います。

 つぎに自衛官が殺されたときのことを考えてみれば、自衛官の棺の前で反戦の真価が問われてくるといえるでしょう。国内には賛美のキャンペーンがはられ、反戦の声が屈服させられていく危険性があります。

 イタリア軍への攻撃で死者がでたときに、イタリアの首相は「議論をやめて追悼しよう」とか「意見の違いを超えて崇高な活動をすすめる兵士への連帯」を語りました。自己の政策によって死者が出たのに、その責任を不問にして死者の追悼と兵士への連帯が語られたのです。このような動きに負けないような反戦の論理が問われています。

 自衛隊が派兵されれば米軍の指揮下で行動することになります。派兵された時点から小泉の命令やイラク特措法の規制は力を失い、米軍の作戦計画によって、自衛隊は動かされるのです。アメリカの国益に沿った行動をおこなうことになるでしょう。

 劣化ウラン弾による被害も深刻です。湾岸戦争時の米軍兵力は60〜70万人。死者は200人未満だったのですが、帰還して身体の不調を訴えている兵士は35万人といわれ、そのうち「身体障がい」の認定を求めているのが25万人で1万人弱が認定されています。放射線によるとみられる元米兵の死者は今年で1万以上を超えました。

 帰還兵に対する追跡調査では生まれた子供に障害が出た比率が67パーセントとなっているものもあります。湾岸戦争時の劣化ウラン弾使用量350トン、今回のイラクでは千〜2千トンも使われたともいわれています。自衛官の中からも湾岸戦争症候群のような被害がでる可能性は大きいでしょう。

 すでにアフガン戦争支援(テロ特措法)では民間人の徴用がはじまっています。民間労働者が船舶や武器の修理のために派遣されています。情報は闇の中にあり、「軍事機密」という4文字でかれらは何もいえなくされています。軍隊が動くときには民間労働者の徴用が不可欠なのです。湾岸戦争のときには労働者はガスマスクもつけずに戦地に赴いたといいます。兵士は個人装備品としてガスマスクを支給され、装着訓練もしますが、労働者には支給されず、ガスの危険性さえも教えられず、同じ行動を要求されるのです。兵士よりも労働者のリスクは高く、保障額は低いのです。

反戦平和に向けて

 自衛隊は実戦のできる部隊へと変貌してきました。「おおすみ」のような強襲揚陸艦や軍事衛星の運用、浜松でのAWACSの配備、空中給油機の導入など、防衛から攻撃型の装備を備え、訓練・教育も戦争できる軍隊としての姿を浮き彫りにしています。

 その一方で「モー娘」などを利用したポスターを作り勧誘をすすめています。これは、自衛隊の存在意義を「安全」から「安心」のため命をかけて戦う、いわば「日本のアイドル=自衛隊」というイメージを押しつけるねらいがあるのではないでしょうか。

 憲法改悪もねらわれています。小泉は「自衛隊は軍隊じゃないという方がおかしい」といい、憲法違反の政策を続けてきた自民党政権の責任を自己批判せず、「自民党が悪いんじゃなくて、憲法が悪いんだ」といわんばかりです。憲法改悪は自衛隊法第3条の「自衛隊の本務」と密接につながっています。 

 イラク派兵もそうですが、今は、海外派兵は自衛隊法の雑則、「本務に支障がないかぎり行う」付け足しの任務であり、拒否・辞退しても罰則はありません。しかし、「日本防衛」と「治安維持」に加えて「国際貢献」という名の戦闘任務が「本務」に加われば、「懲役や禁固」を覚悟で、反戦をたたかわなくてはならない状況になるのです。

 さらに、自衛隊と天皇の結びつきも前面化してくると思われます。天皇が基地近くに来ると自衛隊はト列をおこなうことが「自衛隊の法規」の礼式で決められています。先日静岡国体で天皇が浜松基地近くに来て、隊員総出で道路両側に整列し「ト列」をしたはずです。礼式では天皇と棺の二つには「着剣捧げつつ」など最上級の敬礼を行うことが規定されています。生きている天皇と戦死した自衛官を同列にして、「みたま」は靖国へ!天皇の直接参拝も日程に上ってくるでしょう。前に話した、軍人(自衛隊)の死生観(誰のため何のために命をかけるのか)に関わる問題だと思います。イラクで自衛隊員の死者が出れば憲法改悪に連動していくでしょう。

 戦争国家とは戦争のために人・もの・金が最優先される国家であり、そこでは戦争のために役に立つ者と役立たないとされる者が選別され、人権や福祉がうばわれていきます。また、人間の考え方やものの見方が変えられていきます。反戦運動が弾圧され、考え方を変えていかないと生きていけない社会となります。そんな社会にしてはならないと思います。

 自衛官は制服を着た市民・労働者です。その自衛官の命・人権・生活が破壊される事態は、私たちや他国の市民・民衆の人権・生活・命が奪われていくことに直結しています。戦争を計画する者は絶対死なない安全な所にいて命令を下すのです。鉄砲を担ぎ、戦費という税金を出し殺し合いをさせられ、家を焼かれ家族も人間性さえバラバラにされるのは、兵士や市民・民衆なのです。戦争後も心に傷を負い、悩み苦しむのも兵士や民衆です。戦争を命令した者は心に傷を負うどころか、次の戦争を計画するだけです。ですから、本当に戦争を止めようと思い、止めることが出来るのは兵士と民衆ではないでしょうか。歴史的転換期には、軍隊の中から兵士が声をあげ立ち上がっています。

 イラク戦争に反対する世界の民衆の行動と兵士のNO!の声が結合すれば戦争をとめることが可能です。軍隊内の反戦の声が1パーセントでもあがれば作戦に支障が出ます。すでに米軍内では士気の低下が語られています。「士気の低下」とは、上官の命令を無視したり、拒否をしたりして任務遂行に支障が出始めているということです。「イラクの解放・自由のため」と信じて派兵された米兵。その正当性が揺らぎ始めているのです。

 イラク派兵の中心とされる旭川の部隊では、今おおきな動揺が起こっています。その動揺を抑えるため、派兵期間を異例の6ヶ月ではなく、3ヶ月交代としたようです。危険手当として日額3万円、戦死や高度な障害に対し6千万から9千万に「賞じゅつ金」がアップされました。札束で「希望」を募っているようなものです。北方重視で増強された師団がソ連の崩壊で余剰となり、海外派兵の基幹部隊として動員されることになったとも見られます。

 本来の軍隊ではない自衛隊がイラクに行く矛盾はおおきいものがあります。自衛隊は交戦権がないのですから。そのような自衛隊を派兵する政府がその責任を問われるべきです。幹部自衛官たちのいきどおりも激しいものがあります。

 わたしたちは米兵・自衛官の人権・命・生活を守るために「人権ホットライン」をつくりました。戦争を止めるのは民衆であり、戦争に行かされる自衛官です。反戦を訴える市民・労働者の運動が高揚し、自衛隊内の派兵に反対する想いに結びつけば、戦争国家の動きをとめることができると考えます。