タクシートゥーザダークサイド 2009524上映会

「タクシー・トゥ・ザ・ダークサイド」浜松上映会
日時: 5月24日(日) 14時
場所:ザザシティ 中央館5F パレット
主催 人権平和浜松
米国/2007年監督:アレックス・ギブニー
 

タクシードライバー、ディラオルの誤認逮捕、バグラムでの拷問死から話は始まる。若い兵士が突然戦場に送られ、人間を人間とみなさなくなっていく。恐怖を植え付けてのさまざまな拷問がおこなわれる。有刺鉄線の檻まで用意されている。 

「テロ容疑者」は捕虜ではなく拷問は可能とする判断が下され、さらに拷問とは肉体的なものであり、精神への迫害、屈辱は拷問ではないとされていく。現場では拷問がさらに強化される。アフガンのバグラム、イラクのアブグレイブ、キューバのグァンタナモが一つのつながりを持ってあらわれる。それらはこの戦争の本質を示す現場である。

睡眠のはく奪、光と音の遮断、恐怖の煽動、自慰の強要や女性を近づけての性的恥辱、裸体化、点滴による尿意の強要、水攻め・・・。感覚をはく奪し、あらゆる感覚器官を麻痺させることで精神を破壊させるという「行動科学」が軍の前線に導入される。人間の尊厳は無視され、人身の自由は侵され、人身保護請求は不能になる。「元敵性戦闘員」の概念が持ち込まれ、外部と遮断されての拘束が続く。

だが人間の良心は甦る。内部告発が始まり、実態が明らかにされる。拷問による戦争発動の理由づけが嘘であることも示される。

だが、下層兵士が処罰され、戦争を発動した者たちは無処罰である。グァンタナモの土産のTシャツには「行動修正指導者」のロゴが踊るが、修正され処罰されるべきは、戦争を遂行し、グァンタナモなどを維持する者たち自身の行動である。

さいごにディラオルの墓と家族が映される。家族は「無実だ!」と叫ぶ。国際法を無視した者たちはさらに新たに法を犯し続け、さらに民衆を戦争に動員する。だが、米兵もその「敵」や「テロリスト」もまた人間だ。その人間性回復の方向にしか、未来はない。

映像は、戦争が自国の兵士自身、民衆自身の精神を破壊して進行していくことを示す。破壊されているのは私たち自身であることを自覚しなければならない。映像を消費するのではなく、現実を変える行動につなげること、それが大切だ。

 

会場のアンケートから

●教育を奪われた若者たち、人権の意味を知らない若者たちが、戦場で「敵」に対して何をしてよいのか、何をしていけないのか、という選択が不可能なまま人間の闇の可能性を増殖させる。拷問の事実が報じられることになっても、上層部は無傷なまま、現場兵士が罰せられる。戦争がいつも無責任者によって可能になる。人権に関する「ブラックボックス」を認めることは、裁判員制度も同様であると感じる。

●郵便局で仕事をしているが、3年前の4月、静岡県内の伊豆高原郵便局の職員山田君が同僚の鈴木に仕事上のミスで腹を蹴られ、3か月の重傷を負い、以後休職している。山田君は2001年に同局に採用になって以来、仕事が遅いことやミスをつかれて局長の村上を筆頭にパワハラや直接的な暴力を受け、うつ病になった。いま山田君とご両親は郵便局(株)と局長、加害者の鈴木を相手取った損害賠償裁判と公務災害認定を求める行政裁判を闘っている。同局には当時50人ほどの職員がいたが、山田君に対してパワハラ・暴力をしなかったのは4人しかいなかったと山田君はいう。映画での憲兵が拷問に一人だけ加担しなかったことと本当に似ている。

●勇気の源とは何ですかという本を読みました。人類の積み重ねであるジュネーブ条約を無視していいなんて、野蛮です。これからのアメリカの良心が問われる永遠の問題。

●アフガン、イラク、キューバ、職場、学校、人間の世界、社会で目にする非道の形は変わりがない。嘆息するばかり。

●こんなにもひどい拷問がおこなわれていたとは知らずとても驚いた。絶対なってはいけないことなので、考えていかなければならない。

●知らせるために映画に仕上げた人々が素晴らしい。911以後そのような拷問がおこなわれたと知り、より驚いた。若い学生たちにもぜひ知らせたい。

●戦争だけでなく、人間の尊厳は常にいかなる場合でも守られなければならない。

●何があっても人間のモラルはなくすべきではない。軍隊という組織の異常性は国を問わずにあるのでは。

●無実の人間がテロ容疑者として捕らえられ殺されたという事実、また収容所で行われた拷問の数々はあまりにも惨い。その背景にあった、ジュネーブ条約の解釈を強引に捻じ曲げて解釈しようとする米政府や曖昧な規則で責任逃れして事件を正当化する軍の上官、上から圧力を受けて暴走し、拘束者を非人間化して非常な拷問を加えていく現場の兵士の姿などは、どれも決して特異な心理ではなく、むしろ私たちの世界でも起きうることであるように思う。だからこそ非常に怖いし、絶望を感じてしまった。