3.27破壊措置命令」によるMD展開への批判       TOPトップ アイコン

 

2009年9月26日、東京で「新防衛大綱」とミサイル防衛(MD)の発動を問う集会があり、そこで浜松からの現地報告をする機会があった。ここではその集会での発言を、集会で出された他の報告からも補足して、まとめておきたい。

 

浜松からの報告

ここでは、破壊措置命令によるMD発動の状況、浜松基地PAC3の東北展開、グローバル戦争批判の3点にまとめて話します。

●破壊措置命令によるMD発動

はじめに、破壊措置命令によるMD発動の状況についてみておきます。2009年3月27日麻生政権は安全保障会議において「破壊措置命令」を決定し、「北のミサイル」を利用してMDを発動させました。具体的な動きをみれば、首都圏でのPAC3の配置、浜松から東北へのPAC3の展開、日本海などへのイージス艦の配置、米軍のMDシステム下での日本の警戒システムの展開・共同の4点にまとめることができます。

首都圏でのPAC3の移動では、3月27日の夜8時から9時ころにかけてPAC3が各地の基地を出発しました。入間では8時ころに火のマークをつけたトレーラーが朝霞と市ヶ谷に移動し、9時15分頃には市ヶ谷に到着します。習志野からも8時ころに市ヶ谷に向かいます。霞ヶ浦からは9時ころに22台が朝霞に向かいます。神奈川の武山からも8時ころに習志野に向かいます。また岐阜からも移動しました。市ヶ谷、朝霞を中心にPAC3を展開させ、習志野にも再配置したわけです。ここで重要なのは、PAC3は軍事拠点の防衛のためにあり、市民の防衛のために展開したわけではないということです。

また、配備されたPAC3にはINERT(不活性のもの・訓練弾)と表示されていたものもあり、訓練弾を装填しての配備であったこともあきらかになっています。それは今回の動きが、脅威をあおってMDを発動し、PAC3とイージス艦の配備をねらったものであることを示しています。破壊措置命令が出てPAC3が展開しその横で花見がおこなわれたということ、それは軍事の日常化であり、その危機を批判できないありようが問題です。

なお、入間、朝霞、習志野では抗議行動や監視行動がとりくまれました。

浜松基地から東北の岩手・秋田へとPAC3の600キロの大移動もおこなわれました。浜松からの出発は3月29日の朝7時ころからはじまりました。

このPAC3の移動とともに、イージス艦の配置もおこなわれました。日米のイージス艦計9隻が配置されたことになります。日本側は佐世保のこんごう、ちょうかい、横須賀のきりしまが展開し、佐世保の艦は日本海で迎撃態勢をとり、横須賀の艦は太平洋側で探知行動をとりました。 

これに米軍の艦も連動します。海自のレーダーや空自のAWACSなども動員され、日米統合共同作戦本部も作動していたでしょう。しかし、日本側が誤報で混乱するなど、日本のMD作戦本部は失態をさらしました。もともとアメリカ側は迎撃をしない旨を発言していましたから、日本側はMDの発動すること自体を重視し、そのなかで日米統合の共同展開をおこなう演習のようなものだったのかもしれません。麻生政権の政治の質の程度が露呈したともいえます。

 

●浜松基地PAC3の東北展開

浜松基地へのPAC3 の配備は2008年5月から始まったのですが、9月にはアメリカのニューメキシコ州ホワイトサンズ射場で発射実験をおこなっています。

破壊措置命令によって、浜松基地からは3月29日の7時ころから東北への移動が始まりました。PAC3部隊は1部隊25台ほど、約80人の部隊ですが、秋田・東北までの600キロを高速とフェリーを使って、2部隊分の計4基、60台ほどのPAC3部隊が移動したのです。

秋田県での動きをみれば、3月27日に自衛隊の秋田の駐屯地司令が秋田県に対して移動状況を説明しています。岩手県へも同じように岩手駐屯地の司令が出向いています。秋田では秋田駐屯地にPAC3関連装置9台ほど、新屋演習場にPAC3ミサイル関係17台ほど、男鹿の加茂分屯地にレーダー・指揮所関係11台ほどをおくというものであり、岩手では岩手山演習場にPAC3が配置されました。秋田・岩手でのPAC3の配備は30日の夜には終了しましたが、秋田県の野球場での接触事故のために1基は31日になってからの到着になり、3時間余の遅参でした。

3月23日には19日付の通行通知書を秋田県は受け取っています。その通行目的は教育訓練といいます。破壊措置命令が出される以前から、周到な準備がなされていたわけです。派遣された隊員は仮設ハウスや野宿状態を強いられたといいます。

この秋田への移動費用ですが、秋田での情報公開によれば、PAC3部隊の輸送費で約1億円、乗船代などで約124万円、仮設ハウスなどの借用代で約1千万円です。ちなみに秋田県でPAC3の本体が秋田県の野球場に迷い込み照明塔に接触する事件が起きましたが、秋田県との和解は21万円といいます。

浜松基地にはPAC3の実弾は配備しないとのことでしたが、今回は東北に実弾を配置したとみられます。この実弾がどこから運ばれてきたのかについては不明です。訓練弾だけの配備とするなら、欺瞞の配備です。

このようにして岩手・秋田に派遣された部隊の浜松への帰還は4月9日からでした。

東北への移動の当日の29日、浜松基地に抗議要請をおこない、翌日、浜松市に対しても反対の意思表示を求める要請をおこないました。そのときの浜松市の回答では、市へと自衛隊側から19日付でPAC3の通行についての連絡が入った、28日には浜松市の生活部長の携帯へと30日の出発についての連絡があり、28日の午後3時までにはマスコミにも連絡がいったとのことでした。

27日の破壊措置命令から4日目で、浜松から東北への配備が終了したのですが、実際の飛来のときには、事前の準備を含め、このような配備をしていたら間に合わないでしょう。

今回の配備は政治ショーであり、それは日米の軍事的統合訓練の場であり、民衆を扇動する情報戦の場であったとみるべきでしょう。また、今回の破壊措置命令によるMDの展開はその無用性を示しているものでもあったと思います。

 

●グローバル戦争からグローバル平和へ

このような形で、2009年の3月末の破壊措置命令によるMD発動がなされたわけですが、最後に民衆の側が共有しておくべき視点を確認したいと思います。

21世紀にはいり、アメリカはアフガン、イラクとグローバルな戦争を展開してきました。この戦争の第1の特徴は、宇宙の覇権と宇宙の軍事化です。かつて19世紀は海の覇権、20世紀は空の覇権でしたが、20世紀末からのグローバル戦争は宇宙覇権によるものとなりました。これに対し、宇宙の軍事支配に対する共通理解、その歴史認識が必要であり、それへの抵抗運動が求められます。第2にこの戦争では予防先制攻撃がなされ、ミサイル防衛がその戦争の盾になります。第3にこの戦争では「反テロ」が口実とされ、内外でのテロ監視、安全の掛け声の下で、戦時が日常化します。情報戦・諜報戦の時代であるともいえるでしょう。

そのような状況は、逆にグローバルな戦争をグローバルな平和へと転換する場でもあると思います。MDは費用がかかり、実際にミサイルに当てるということも困難であり、軍拡をすすめるものです。それは平和を害するものであり、憲法9条を破壊するものです。

近年、浜松では空自の基地でのパワハラによって自殺を強いられた自衛隊員の遺族がその謝罪と賠償を求めて裁判に立ちました。この自殺隊員はクウェートからの帰還後にさらに強まったパワハラになかで亡くなっています。しかし、遺族はその尊厳の回復を求めて立ち上がりました。佐世保で、横須賀でも同様な裁判が起きています。それは新たな人権の闘いのはじまりであり、グローバルな戦争と派兵の時代に強まった新たな抑圧への抵抗であると思います。このような闘い一つ一つを支えることが課題であり、そのさきに民衆のグローバルな平和もあると思います。