2010131 白川真澄浜松講演 

      金融危機のその後と悪化する雇用 オルタナティブは何か

 131日に白川真澄さんの講演会「金融危機のその後と悪化する雇用〜オルタナティブは何か」をもちました。この問題提起を受けて、活発な討論の場を持つことができました。

 以下は、浜松での白川さんの講演の要約です(文責・人権平和浜松)。

 

金融危機のその後と悪化する雇用 オルタナティブは何か

 ●世界金融危機から1

 浜松のみなさん、こんにちは、白川です。1年ぶりの浜松での話となります。前回はリーマンショック後の金融危機の最中での話でしたが、今日は、その後の経過を踏まえ、今後の経済のあり方について課題を提起したいと思います。

 世界経済は最悪の時期を脱して、ゆるやかであれ回復に向かっているといわれています。その根拠とされているのは、世界的な株価の上昇、アメリカ経済の小康状態、各国のGDP成長率のプラスへの転換、企業の経常利益の回復などです。GMは一時的国有化で救済され、ゴールドマンサックスやJPモルガンは政府による管理や規制を逃れるために注入された公的資金を返済しました。アメリカのGDPも13カ月ぶりにプラス成長に転じ、日本の上場企業の経常利益も黒字に転じています。しかし、それは人件費削減のための大量解雇が行なわれたことが重要な要因なのです。

 世界経済は中国などの新興国の急速な回復に引っ張られて緩やかな景気回復に向かっています。しかし、それは政府の財政・金融政策の大掛かりな発動によって初めて可能になったものです。たとえば、アメリカは66兆円の銀行への巨額な公的資金の投入と77兆円の財政出動を行っています。また、どの国でも自動車や家電製品の購入をすすめる補助金制度などの景気刺激策がとられています。

 このような政策は財政赤字を急増させています。アメリカの財政赤字は、2009年度分(2008.102009.9)では129兆円と、前年度の3倍に膨れあがっています。政府の消費刺激策が打ち切られると個人消費は落ち込む可能性が高いのです。借金による浪費という体質からの脱却もすすんでいますし、失業が増えて労賃も低下していますから、個人消費も低下します。シティグループなどアメリカの大手金融機関は多額の不良債権をかかえたままです。アメリカでの地域銀行の破たんも17年ぶりに100件を超える状況です。

 他方、投機マネーの活動は再び活発になっています。金融危機対策のための大量の資金供給によって、ワールドダラー(アメリカのFBRが国内に供給するベースマネーと外国が有する外貨準備ドル)は4割増加の45000億ドルに膨張しています。そのマネーが新興国の株や資源、石油や穀物の市場に流入し、価格を押し上げているのです。原油価格は20092月から6月にかけて1バーレル30ドルから70ドルに急騰しました。金融危機対策で投入された資金が次のバブルと危機の勃発を準備しているといえます。11月のドバイでの信用不安や中国の不動産バブルはその現われです。  

 ●金融危機の原因と雇用の悪化 

 リーマンショックに端を発した経済危機は、未曾有の出来事でした。先進国の金融システムの「信用」が失われ、資金の流れが止まり、金融恐慌が勃発しました。それが消費の収縮を招き、輸出と生産の世界的な縮小を引き起こしました。世界経済は戦後初めてのマイナス成長となりました。市場を信頼すれば安定した経済成長を遂げることができるという資本主義の神話が覆ったのです。

 金融危機の根本的な原因は、アメリカが世界の金融センターになり、世界中から大量の資金が流れこみ、これが有利な投資先に再投資されるという仕組みにありました。世界全体がアメリカの過剰消費に依存し、アメリカへの輸出を増やすことで、自国の成長と繁栄を実現してきたのです。日本や中国、産油国は対米輸出で貿易黒字を出て外貨準備を増大させ、それをアメリカの国債や株式、証券の購入にあてました。そのため経常収支赤字を上回る資金が世界から流入し、その資金が投資銀行の手で証券化商品の投資やローンにも使われたのです。アメリカの消費者はローン(借金)に依存して過剰な消費を続け、それが中国や日本からの輸出を増加させました。

 金融危機の直接の原因は、サブプライムローン証券化商品という高リスク商品が世界中に大量に売りだされ、多くの金融機関に保有されたことでした。ゴールドマンサックスなどの投資銀行は少ない自己資本で何十倍もの資金を借り入れる信用レバレッジで、証券化商品を作り上げて手数料を稼ぎ、高収益をあげてきました。この投資銀行の業務は商業銀行とは違い、ほとんど規制を受けてこなかったのです。クリントン、ブッシュのアメリカの政権の規制緩和のなかで証券化ビジネスは自由放任となり、暴走したわけです。

 金融経済の異常な膨張と暴走、マネーがマネーを生む投機的な取引という「金融資本主義」化がすすんだのです。

 アメリカはグローバリゼーションを主導し、資本取引や外国為替取引の自由化をすべての国々に強要してきました。この金融資本主義のもとでは巨額のマネーが有利な投資先を求めて絶え間なく移動するようになり、バブルとその崩壊による金融危機が繰り返し発生するようになりました。1987年のブラックマンデー、日本の土地と株のバブル、1997年のアジア経済危機、ヘッジファンドのLTCMの破たんなどはその一例です。

 金融危機の根本的な原因はマネーが自己増殖する「金融資本主義」そのものにあります。このような金融資本主義の破たんによってアメリカの過剰消費に依存してきた世界の輸出は激減し、世界は同時不況に陥りました。この不況の最大の犠牲が解雇と失業の嵐という形で労働者に押しつけられているのです。

 この雇用の悪化は経済危機がもたらした最大の問題です。アメリカの失業率は10.2%(10月)と26年ぶりに最悪の状態となり、その後も10%台で高止まりしています。ユーロ圏の失業率も10%台です。アメリカではこの1年間で416万人が職を失い、失業者数は1527万人となり、ヨーロッパと合わせると3000万人を超えるようになりました。

 日本では失業率が7月には5.7%と過去最悪になり、失業者数は359万人、1年で新たに増えた失業者は100万人を超えています。有効求人倍率は0.42倍にまで悪化しました。失業率はやや改善されましたが5.2%、失業者数は331万人(11月)と高止まりしています。大学生の就職内定率は731%で前年より7.4%下がっています。高校生のそれは68.1%で9.9%も下がっています。

 再就職は進んでいません。雇用保険から排除されている労働者は858万人もいます。東京の年越し派遣村を訪れた人のうち再就職できた人は1割といいます。失業してコンビニ強盗や万引きやひったくりに走る「不況型犯罪の増加」も報道されています。日本経済は深刻なデフレ状態にあります。価格の下落→企業の収益の減少→賃金の引き下げ→個人消費の縮小→安売りによる価格の下落という「デフレスパイラル」が進行しているわけです。

 ●金融への規制はどこまで

 金融危機は暴走を続けてきた金融資本主義の歴史的な破たんを告げるものです。アメリカの強欲な証券会社は、銀行持ち株会社への衣替えも含めて大手5社が半年で姿を消してしまいました。世界の金融機関は証券化商品の根崩れや株価の暴落で、約3.4兆ドルという巨額の損失を被り、株式の時価総額は200810月の63兆ドルから20092月の28兆ドルへと半減し、巨額の富が消失しました。

 したがって、危機の原因となった金融資本主義の仕組みの変革が課題になりました。それは金融市場への規制と監視を世界的に強化し、コントロールする仕組みをつくることです。特に国際的な連帯のもとでの市民による監視と政策提言が不可欠です。国連加盟国が発言権を有するような国際的な監視機関も必要です。

 当面の措置としては、@金融投機を抑えるための国際通貨取引税の導入、A複雑な金融商品の禁止、B信用レバレッジの制限、Cヘッジファンドの禁止、Dタックスヘイブン(租税回避地)の禁止、E金融機関の利益の制限(高額報酬の制限など)を挙げることができます。長期的にはアメリカに経常収支赤字の垂れ流しをやめさせ、ドルではない新しい国際通貨の仕組みを導入する必要があります。また、資金の流れを地域に引き戻し、地域経済の活性化に役立て、資金を市民のコントロールの下に置く必要があります。

 G20では金融への規制が議論されましたが、その規制は実行されていません。この間、社会運動が要求してきた金融取引への課税は11月のG7財務省・中央銀行総裁会議でも提案されましたが、アメリカが難色を示しました。ヘッジファンドの規制については規制の内容が定まっていません。過大な借用によって資金を運用するレバレッジへの規制も2012年までに行うという確認にとどまっています。

 金融機関の高額報酬の制限は実行可能性があります。ゴールドマンサックスなどの金融機関は、株価の上昇や超低金利政策のおかげで、証券売買で巨額の利益をあげました。そのため、報道記事ではゴールドマンサックスの従業員一人あたりの1か月分の報酬は7万ドル(約640万円)、1人当たりのボーナスは16万ドルとなっています。政府が公的資金を注入して救済した金融機関が高額報酬を復活させることは、人びとの強い怒りを買っています。

 この高額報酬への規制は金融機関への規制を象徴するものです。金融機関は公共的役割を持っているから救済されたわけで、その金融機関が巨額の利益をむさぼることは制限されねばなりません。資金の運用についての規制も必要です。しかし、この運用への規制は不十分なままでした。英仏は高額報酬に特別税をかけることを決めていますが、オバマ政権は最近、金融機関に対して特別の手数料の徴収、さらに銀行の高リスク投資やレバレッジの制限などを提案しました。しかし、金融業界は猛烈に抵抗していて、予断を許しません。

●経済危機からの脱出にむけて

 経済危機からの脱出には2つのシナリオがあります。ひとつは、成長を妨げない範囲で金融規制をしながら中国やインドなど新興国の市場の潜在的な消費に依存して世界経済を成長させるというものです。もう一つは金融規制をとことん強化して、政府と市民の公共性を高めて市場の働きを限定し、ローカルな循環型経済の創出を基礎として脱成長の経済を構築するというものです。新興国の市場に依存して高い成長をめざす方向は、グローバル企業主導の外需・輸出に依存する経済ですから、資金の自由な移動を認めるものになります。高い経済成長は可能でも、世界経済の変動や金融投機にさらされる脆弱さを持ちます。

 ですから、もうひとつの内需主導型の脱成長の経済への転換が求められます。その経済はモノとマネーが国内と地域内で循環する経済です。地域農業の再生を基礎とした「緑の経済」をつくることですが、そこでは分散型自給エネルギーや環境保全の事業も発展させることが必要です。同時に介護や医療、教育などの対人サービスも拡充され、経済の柱になります。医療・介護、環境、農業の分野で雇用が創出されます。また、労働時間の抜本的な短縮と雇用機会の分かち合いも必要になります。富裕層への累進課税を強化し、所得を再分配し、軍事費を削減して生活保障にあて、格差を是正することも求められます。

 日本は1991年以後を見れば、実質GDP成長率は年平均1%であり、名目GDPは20年前と同じですから、ゼロ成長を続けてきたわけです。この時期に貧困が急増したのは、全体の所得(パイ)が増えなかったからではなく、所得と雇用機会の不公正な配分に原因があります。

 最後に鳩山政権の経済政策についてですが、その雇用・社会保障政策は新自由主義と訣別するような一面もありますが、中途半端なものにとどまっています。労働者派遣法改正では、多くの例外規定や曖昧な規定が入り、抜け穴だらけになっています。社会保障でも富裕層や大企業の負担を増やすような抜本的な税制改正を躊躇しているため、財源不足に陥り、子ども手当てや貧困対策などの公約を実現できなくなる危険があります。何よりも、グローバリゼーションと金融を規制する政策が欠落しています。ここが大きな問題点です。