11.20浜松学習会『自衛隊の現状と「たちかぜ」裁判』報告
11月20日、横須賀の平和船団や「たちかぜ」裁判の事務局で活動する木元さんを招いて学習会を持った。以下はその報告の要旨である。
自衛隊の現状と「たちかぜ」裁判
−拡大する隊員のストレスと幹部自衛官の無責任・責任隠蔽体質−
木元茂夫
こんばんは、木元です。今日は、自衛隊の現状をみたうえで、たちかぜ裁判の経過と現状について報告します。
●軍隊とストレス
はじめに、エイブラム・カーディナーの『戦争ストレスと神経症』に記されている一節を紹介します。
「戦場における兵士の適応の主な特性は、義務と自己保存衝動との葛藤にある。この葛藤に対処するために、兵士の人格の型と性格特徴全体が総動員される。これは内面の問題である。しかし、兵士の活動の環境がどうであるかという外的な問題もある。人間環境が最重要であり、兵士と所属グループとの関係の要因すべてがかかわっている。・・・ 直接の病因となる要因は何か。それは、兵士の持つ内的資源すべての破綻であり、それは持続的な、弱まることのない疲労がリラックス能力を越えた結果であり、兵士の反応がいやます不安のみとなった状況である。こういう状態となった兵士は中傷一つにもいたく傷つき、回復法に反応する戦闘消耗状態の範囲を越えて神経症に陥る」。
この本は第二次世界大戦の直前に、精神科医であったエイブラム・カーディナーが戦場での兵士のストレスと神経症・PTSDについて記したものですが、戦場のみならず軍事組織の内部の抑圧にも適合する指摘です。
任務が過酷になればなるほど、抑圧は強化されます。自衛隊の海外派兵が拡大されれば、仕事量が増えるとともにストレスも増加します。それゆえ兵士間の人間関係の良好さが「精強な軍隊」にとって不可欠な要素になります。自衛隊はそのことに気付きつつも、有効な対策をとれないでいます。
2010年までに自衛官の「殉職者」は1813名(陸自997名 海自393名 空自400名)となっています。これまで自衛官が意識的に敵を殺したことは一度もないのですが、米軍の補助部隊として何度も戦場に出動しています。たとえば、1950年には日本特別掃海隊が朝鮮半島へ出動し、10月17日には触雷事故でMS14号沈没し戦死者が1名出ています。また、1991年には掃海部隊6隻(掃海母艦「はやせ」、掃海艇4隻、補給艦「ときわ」)がペルシア湾で掃海活動をおこないました。ご存知のように、2002年から2010年1月にかけてインド洋派兵・イラク派兵が繰り返されました。
このなかで自衛隊は、戦場ストレスを体験しはじめています。イラクなどへの派兵についてのストレスについては、陸上自衛隊衛生学校と航空自衛隊の調査がおこなわれているのですが、岩波新書の『戦争協力拒否』などを執筆し自衛隊の取材を続けている吉田敏浩さんの情報公開請求に対しては、ほとんどが黒塗り文書でした。自衛隊はここでも情報公開を拒んでいます。 非開示理由は『隊員のストレス状況が明らかとなり、これにより、派遣部隊の精神的疲労による戦闘力の低減具合が推察され、自衛隊のイラク復興支援活動及び今後の国際貢献活動の妨害を企図する者に派遣部隊への工作の契機を与えることとなり、自衛隊の任務の効果的な遂行に支障が生じるおそれがあり』というものでした。この文面から、派兵された自衛官は多大なストレスを抱え込み、その疲労が「戦闘力」の低下をもたらしていたことがうかがえます。
自衛隊内でのストレスが増大していることは、2008年の駆逐艦「さわゆき」と掃海母艦「うらが」の事件からも伺い知ることができます。「さわゆき」も「うらが」も横須賀基地所属の船です。駆逐艦「さわゆき」が7月6日、下北半島の沖合いで火災を起こしました。火災の原因は21歳の海士長による放火でした。神奈川新聞は「毎日の訓練に耐え切れず、中止させようと艦内のいかりを巻き上げる機械がある部屋で布にライターで火をつけて放置、床の塗装をはがすなどした」と報じています。9月4日、青森地裁は懲役1年6月、執行猶予4年の判決をくだしました。
掃海母艦「うらが」では、6月18日に海曹長(44)と2等海曹(40)の2人が冷蔵庫内にあった飲み残しのペットボトル入り飲料水を飲んだところ、嘔吐や腹痛を訴え、東京都内の病院に搬送されるという事件が起きました。混入されていたのはボイラーの洗浄に使う強アルカリ物質といいます。「うらが」は硫黄島近くの海上で訓練中でした。
軍艦は一度航海に出てしまえば、24時間上官、同僚と過ごすことを余儀なくされます。そのような閉鎖空間の特質から、乗組員の抵抗は陸上で生活する私たちには理解しがたい方法で噴出するのです。これは旧海軍の時代からあった現象です。二度も爆沈した戦艦三笠、乗組員三名が艦内で逃亡し二名は発見されないまま横須賀を出港し、撃沈されてしまった空母信濃などの例もありました。
ここ10年、海上自衛隊では、大麻栽培、艦内放火、訓練に名を借りたリンチ事件が頻発しています。それは「氷山の一角」であり、私たちはその一部を知っているにすぎません。最近では、護衛艦「しらゆき」では小笠原諸島東方海域を航行中の11月14日に1等海士の男性乗組員が行方不明になっています。これも、単なる事故ではないかも知れません。
●安保・共同訓練の強化
沖縄周辺での日米安保の強化もすすんでいます。与那国島へは自衛隊基地建設が計画されています。与那国島の人口は1000人ほどですが、報道によれば沿岸監視隊の形で200人を派遣するといいます。沖縄本島に司令部を置いている第1混成団は、二個普通科中隊、重迫撃砲中隊、施設中隊からなる第1混成群、ホーク地対空ミサイルを運用する第6高射特科群、第101飛行隊、第101後方支援隊、第101不発弾処理隊などからなる人員1800名という編成です。来年度にはこの第1混成団が、一個普通科連隊、高射特科群、偵察隊、施設中隊、通信隊、飛行隊、後方支援隊、不発弾処理隊、化学防護隊からなる第15旅団に改編され、このような第1混成団の旅団への改編とともに、与那国島への陸自部隊の配備もおこなわれるようです。防衛省は2011年度予算の概算要求で、部隊配備検討のための調査費として3000万円を計上しています。
沖縄周辺海域での合同演習も強化されています。2009年11月には、原子力空母ジョージワシントンと右後方に強襲揚陸艦エセックス、そして日米のイージス艦の写真や原子力空母ジョージワシントンとヘリコプター空母「ひゅうが」がならんでいる写真を見ると。その姿は「日米連合艦隊」のようです。
また、2010年11月には海上自衛隊は、日向灘で機雷戦と掃海の日米共同訓練がおこなわれています。北海道でも千歳基地を拠点に航空自衛隊と在日米空軍の日米共同訓練がなされるなど訓練が強化されています。北海道新聞の社説をみれば「日米共同訓練 沖縄の負担軽減どこへ(11月12日)」とあり、そもそもの目的であった沖縄・嘉手納基地での騒音は低下するどころか、増加しています。
他方、自衛隊側の無責任体質は相変わらずです。2008年2月のイージス艦「あたご」の衝突事故は海難審判を終え、横浜地裁で審理がはじまっていますが、業務上過失致死罪などに問われているのは「あたご」の当時の当直士官2人(航海長と水雷長)であり、艦長ではありません。かれらは無罪を主張しています。イージス艦「あたご」には、事故直前の速度や方位などを記録する航海情報記録装置(VDR)を備えていなかったことが明らかになっています。なお、1988年の潜水艦「なだしお」事故の際には艦長が問われましたが、この時も事実隠蔽−航泊日誌の改ざんが行われました。
このような海外派兵と訓練の強化のなかで自衛隊内での事故死や自殺、セクハラが増加してきましたが、それに対して損害賠償をもとめる裁判も起こされるようになりました。
2008年の呉での死亡事故についてはみておけば、防衛省がその調査報告書の要約「海上自衛隊特別警備隊関係の課程学生の死亡事案について」をHPで公開しています。事故の原因については、直接的要因として、不適切な格闘ルールでの14人の学生による危険性の高い連続組手をおこない、安全対策も不十分であったことなどをあげ、間接的要因としては、上官の指導監督・安全管理不十分、教務運営不適切、格闘に関する指導力不足、司令部の指導監督不十分などをあげています。しかし、教官には「意図的に暴行を加えようとする意思はなかった」とし、学生には「最後の訓練を共にし、絆あるいは連帯感を深めようという思いが強かったもの考えられる」などと擁護しています。
調査報告書の公開は防衛省の姿勢の変化を示すものかもしれません。自衛隊内では無責任が主流ですが、より右の立場からは国軍にあるまじき失態であり、軍としての統制をより強化すべきという批判があることもみておくべきでしょう。
●「たちかぜ」裁判の経過
さて次に、「たちかぜ」裁判の経過と現状についてみていきます。
この裁判は2006年4月に提訴しましたが、裁判初期は文書提出をめぐる攻防でした。自衛隊の非公開体質に抗して、文書提出を求めたのですが、2008年3月には東京高裁が文書提出命令をだしました。それによって、調査報告書や乗組員の「答申書」が提出され、艦内暴行の詳細が明らかになったのです。また、証人採用をめぐっては、同僚、退職・現役の自衛官が堂々と証言していったのです。砲雷長については偽証をあきらかにさせ、元艦長を証人として追加採用させましたが、「電動ガンは見たことはない」というのです。国賠法上の責任は明らかなのですが、自衛隊側は刑事責任回避のために、あらゆる口実を使っています。
「たちかぜ」の裁判では、被告国が2008年7月2日に準備書面6を提出しています。この文書には、自衛隊内部での暴力についての防衛省の驚くべき感覚が露見しています。
たとえば、「被告SがTに対して暴行を加える回数が他の乗組員と比較して多かったとか、被告SがTに対して加えた暴行の程度が他の乗組員と比較して激しかったなどの答申も見当たらない」というのです。この表現の裏側にあるのは、“一番多く殴られた隊員が自殺したならともかく、もっと殴られた隊員が生きているのに、そんなに殴られていないTが自殺したからといって国に責任はない”という発想です。
また、「単発的な暴行に過ぎない上、KA士長とともにBB弾で狙い撃ちをしているのであるから、T一人に集中して、あるいはTに対して他の乗組員と比べて一段と激しい暴行が加えられたものではないといえる」とあります。ここでの“単発的な”という言葉は、準備書面に何度も登場します。Tさんに対する暴行の度合いを低めたいという国の思惑が透けて見えます。言葉はもう少し熟慮の上で選ぶべきでしょう。「単発的な暴行に過ぎない」という表現は、自衛隊は組織として「単発的な暴行」を容認しているという意思表明です。
さらに「ガス銃の件はサバイバルゲーム中の出来事である可能性がある」とまでいうのです。ゲームに使おうと暴行に使おうと、艦内にガス銃やエアガンを持ち込むことを自衛隊が認めているということが問題です。そのような服務規律のお粗末さは、世間の常識とかけ離れたものです。
国の「最終準備書面」を読んで感じることをあげてみます。
第1は国家賠償法についての認識です。
国家賠償法の第2条1項には、「道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる」とありますが、自衛隊は最終準備書面の末尾を次のように結んでいます。
「原告らが国賠法2条1項の問題として主張するところも、結局、被告Sがエアガン等を人に向けて一方的に撃つ等の職務違反行為、すなわち護衛艦の本来の供用目的を越えて行われた行為に対し、国がこれを制止する義務があるかどうかという問題であって、護衛艦という物的施設の物理的安全性に問題があるかどうかという問題は生じないのであるから、原告らが上記1で主張する点も、やはり国賠法2条1項にいう「設置、管理の瑕疵」にはあたらないと解すべきである」。
たちかぜの場合、「護衛艦の本来の供用目的」にはまったく必要のないエアガン、ガスガンが持ち込まれていました。それらが隊員の暴行に使われ、私的なナイフの製造設備が艦内に作られ、それを艦の幹部が放置していたことは明白に「管理の瑕疵」です。少なくも、自衛隊はその点は認めなければならないはずです。しかし、この最終準備書面の中には、自らの職務怠慢に対する反省の弁はひと言たりとも入っていないのです。
国家賠償法の第1条1項には「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」とありますが、これについても自衛隊側は「アダルトビデオの売り付けは、自衛官の職務とは全く関連性がないから、基本的には、「職務を行うについて」の要件を満たさないというべきである」と主張するのです。
では、「自衛官の職務とは全く関連性がない」ことを勤務時間中にやっていた場合はどうなるのでしょうか。防衛省の最終準備書面にも、「29日午後1時10分ころ、艦長休憩室において、同人から現金15万円を喝取し」とありますが、午後1時10分は勤務時間ではないのでしょうか。護衛艦という職場で勤務時間内に行われた行為はすべて、「職務を行う」ための行為としてみるべきです。しかも、売り付けたビデオは1本2本ではなく、100本10〜15万円という驚くべき金額です。これは他人に損害を加える行為にほかなりません。
民間企業において職務時間内に恐喝行為を行う社員は間違いなく解雇を含む厳しい懲戒処分をうけるでしょう。上司もそれ相応の責任を問われることは、誰が考えても明らかです。防衛省・自衛隊の主張はあまりにも常識外れです。
つぎに、安全配慮義務違反の認識についてです。
自衛隊は「原告が安全配慮義務を主張する職員については、いずれも当該職務違反行為の認識はなかったと認められる」と主張するのです。
艦長については「艦長であるOが、被告Sの職務違反行為を知ったのは、Tの自殺後のことであるから、Oには安全配慮義務違反はなかった」と言い、分隊長については「分隊長は、TからCICは親しみやすい雰囲気であるが、たまにふざけてガス銃で撃たれる旨の申告を受けたが、それが暴行であるという認識はなく、○○の生命を侵害するような危険を有する職務違反行為であるとは認識していなかったことが認められ、少なくともTの自殺との関係では、これを予見し、回避する必要がある職務違反行為であるとは認識していなかったというべきである」と主張するのです。
さらに班長Mについては、「K(同僚)がエアガンで被告○に、1、2発撃たれた場面を目撃したが、お互いに笑っていたので、遊んでいると思い、適切な指導を実施せず、分隊長への報告を怠ったが、Mが目撃したのは、Tへの暴行の場面ではない上、Kと被告Sがお互い笑っていたので、遊んでいると思ったのであり、Tとの自殺との関係で、安全配慮義務違反は認められない」と主張するのです。
そもそも、護衛艦の中枢というべきさまざまな機器と情報が集中しているCICでの、ガスガンの打ち合いを許容するという感覚が常軌を逸しています。たとえば横須賀市役所の窓口担当の職員が昼休みにカウンターを挟んでガスガンで撃ち合いをしたら、管理職はいったいどういう対応をするでしょうか。それを見た市民はどう思うでしょうか。市役所と護衛艦は違う、と自衛隊は言うかもしれません。では石油コンビナートのコントロールルームはどうでしょう。さまざまな計器と情報が集中しているという点で、また、部外者は立ち入らないという点で、護衛艦のCIC(戦闘情報センター)とよく似ています。社員がガスガンで撃ち合いなどすればどうなりますか。ガスガンから発射されたBB弾が計器の細い配管や電気回路を傷つける危険性がある場所です。CICにはそういう危険性はないのでしょうか。危険な行為をしたという理由で、管理職は管理不行届きで、実行した社員ともども処分を受けるでしょう。
それを、防衛省・自衛隊は、裁判所に提出する書面で平然と、「回避する必要がある職務違反行為との認識をしていなかった」と主張しています。この書面を書いた人間も、たちかぜの幹部も、艦内規律の維持に対する気構えが根本的に欠落しています。私物管理規定違反としてガスガンを没収し、参加した隊員に懲戒処分を科していれば、Tさんの自殺という悲劇が起きる可能性は極めて低くなっていたでしょう。
●おわりに
最後に、たちかぜ裁判の4年間を通じて感じたことをあげます。
艦内での暴行事件ですが、上官が部下を殴るという私的制裁、とくに海曹という階級の中堅隊員の場合が多いのですが、それを許容する空気が海上自衛隊にあることです。少なくも「たちかぜ」の中には暴行が蔓延していていました。次々と転勤を重ねていく幹部たちは、艦内の規律維持についてほとんど関心がなく、特にTさんのような若い海士(旧軍の水兵)の艦内での生活については無関心なのです。
こうした自衛隊内部の人権侵害の深刻さを明らかにし、多くの人々に知らしめたという意味で、「たちかぜ」裁判は、大きな意義をもっています。
また、もう一つ感じたことは、防衛省・自衛隊幹部の原告・遺族への対応のひどさです。21歳で息子を、弟を失った遺族に対する礼節のかけらもなかったのです。自衛隊を相手に訴訟など起こすものは敵だ、と言わんばかりです。
最終準備書面でも「たちかぜ」の同僚の証言を「T君の味方です」と母親に言っているから「信用性に乏しい」と主張しています。傍聴席で聞いていて「信用性に乏し」かったのは、逆に、艦長や砲雷長など幹部たちの証言でした。彼らから遺族への謝罪の言葉は、ついにひと言も聞かれることはなかったのです。幹部たちの道義的責任すら認めようとしない態度はあまりにも傲慢であると思います。
原告はそれぞれ重い決意で裁判に立っています。泣き寝入りではなく、国の責任を問う闘いが始まったのです。自衛隊の無責任・隠蔽体質を多くの支援で打ち破っていくことが求められます。現役の支援や元隊員の傍聴参加もみられます。隊員のなかには現在の自衛隊の人権状況をなんとかしたいという意識があるように思います。裁判を通じて自衛隊内での人権保障を作りあげていくことも求められます。
11月18日には第2次の自衛隊の責任を明確にした判決を求める署名5700人余を裁判所に提出しました。第1次とあわせると署名は約9千人になります。2011年の1月26日は横浜地裁での判決日です。皆さんの支援を心から呼びかけ、話を終えます。