浜松基地人権裁判第17回証人尋問3報告

 

2010年11月1日、地裁浜松支部で17回目の裁判がひらかれ、原告である両親が証言した。傍聴席は支援70人で埋まった。

証言はSさんの母親からはじまり、原告は代理人の質問に答えた。証言では、Sさんへの隊内でのいじめ(人権侵害)が繰り返されるなかで、口内炎ができ、精神が不安定になり些細なことで子どものように振舞うしぐさがみられたこと、宮崎から家族で訪問した後の別れの際には建物の陰に隠れて悲痛な雰囲気でみていたことなどを語り、厳しい指導という名の暴力、自衛隊内での人権侵害をなくすことになる判決を求めた。

反対尋問では国側は、離婚や入籍問題、凧揚げ代の出費、本人からの手紙などを示して、死の原因が隊内でのいじめによるものではないことを示そうとした。最後には「仕事が苦であるのなら、自衛隊をやめる。なぜ自衛隊を辞めていないのか」と質問するに至った。それに対し、母親は「息子は自衛隊が好きだった」とし、そこでの我慢が死につながったことを示した。その発言はSさんが仕事をまじめにおこなおうとする誠実な青年であったことを物語るものだった。

続いてSさんの父親が証言した。父親も元自衛隊員であり、整備のフライトチーフや器材庫班長を経験している。父親はNによる指導という名のいじめが継続することで息子が死に追いやられたとし、先輩が叩くという暴力については配属されたのちに聞いていたこと、事ある毎に怒鳴られる、仕事を教えてくれないといった悩みを聞かされ、息子から次第に笑顔が無くなくなっていったこと、クウェートに派遣されていたときには人間関係がよく、充実していると連絡があったことなどを話した。また、自殺後の通夜に術科学校の副校長と総務部長が現れたが、「厳しいしつけ」などの文言はあってもお悔やみの言葉はなく、威圧感を感じたことを語り、国側によるSさんの能力の評価や勤務実態についても異議を唱えた。最後に、自衛隊では2005年には100人を超える自殺者がでているが、原因不明とされているものが多く、そこにはいじめなどの人権侵害も含まれるとし、入隊してくる隊員が人権侵害にために途中で人生をつぶされてはならないし、提訴は悩んだ末のことであり、裁判所が遺族の無念の思いをくみ取ってほしいと訴えた。

反対尋問では、国側はNによるいじめへの認識について問い返した。原告はSさんが叱責を受け続けることで心の病気になったこと、家族もうつへの認識が足りなかったことなどを話した。ここでも国側は自殺が人権侵害によるものではなく、家族にその認識が薄かったことを示そうとしていたが、逆にSさんが隊内でNによる叱責を受け続け、辛い想いを重ねてきたことが、明らかになった。

次回は元同僚の証言である。多くの支援の参加で原告と証言者を支えていこう。 (T