1・22浜岡原発を考える袋井の会・結成講演会
1月22日袋井市で浜岡原発を考える袋井の会の結成総会と講演会がもたれ、200人が参加した。
講演会では、飯館村の長谷川健一さんが「今、飯館村で何が起きているのか」の題で、飯館村の被曝と現状について話した。
長谷川さんは、「原発はすべてを奪った」と語ることから始めた。原発事故は、酪農も財産も村も家族との生活もすべてを奪ったのだった。飯館村は福島第一原発から30キロから45キロ地点であり、浜岡原発と袋井市と同じ距離である。
飯館村は大規模合併を拒否し、地域おこしをすすめ、自然が豊かで日本一美しい村と認定された村だった。しかし、原発事故で状況が一変、現在は計画避難区域に指定された。事故当時は毎時100マイクロシーベルトを超える高濃度の汚染に襲われた。しかし、政府・村当局は事実を隠しつづけ、住民は被曝を強いられた。長谷川さんは独自に判断し、村民を集め、対策を講じた。深刻な汚染がわかるなかで、飯館の人々は酪農をあきらめた。長谷川さんは、現在は伊達市の仮設住宅で暮らしながら、飯館村の見回りをしている。長谷川さんは、除染しても子どもたちを住まわすわけにはいかない、とするならば、村は終わりだと判断している。
長谷川さんは飯館の言葉「までえ」を紹介し、飯館の「までえな村づくり」とその破壊を語った。それは、ものごとを大切にする、几帳面などという意味で使われる。そのような農民の「までえ」な試みを破壊した原発政策への怒りがにじみ出るような語りだった。飯館村の民衆の視点から捉えれば、12月の政府の「冷温停止」・「収束」宣言が、如何に欺瞞に満ちたものであることがわかる。 (T)