白川真澄講演「日本はどこへ 改憲・原発・金融‐安倍政権とどう対決するか」報告
2013年4月14日、浜松市内で白川真澄さんの講演会「日本はどこへ 改憲・原発・金融‐安倍政権とどう対決するか」をもった。報告の後、アベノミクスの矛盾はどのように現れるのか、リベラル結集の動き、朝鮮危機を口実とした改憲の動き、若い世代との議論の切り口、立憲主義への理解、大衆宣伝の方法、長時間労働と無力感の現実、運動の媒体など、さまざまな視点での討論がなされた。
以下は講演の要約記事である(文責人権平和浜松)。
白川真澄「日本はどこへ 改憲・原発・金融‐安倍政権とどう対決するか」
浜松のみなさん、こんにちは、白川です。今日は「日本はどこへ 改憲・原発・金融‐安倍政権とどう対決するか」の題で、「アベノミクス」の問題点についてお話ししたいと思います。
●安倍政権の改憲論の問題点
はじめに、安倍政権の特徴について改憲への動きを中心にみておきましょう。改憲は安倍の野望ですが、その野望が表に出はじめ、夏の参院選で、公明と組んで過半数(改選議席121のうち64議席以上)を制するだけでなく、維新・みんなと組んで2/3(改選議席のうち92議席)以上を獲得し、渋る公明を引きずりこんで改憲可能な勢力を登場させることを狙っています。では、自民党の改憲案のどこが問題なのでしょうか。
自民党改憲草案は、国家体制の根本的な転換(レジーム・チェンジ)をもたらすものです。第1に、「国民」が政府の権力を制限するという立憲主義を否定しています。改憲案は、国家が「国民」に義務を課し、人権を制限するというものです。新たに国民の「憲法尊重」義務(改正草案102条)が記されています。国民が政府を監視するのではなく、国家が国民を服従させるのです。それは、「緊急事態の宣言」による「国の指示への服従」義務(同98条)に顕著に示されています。
第2に、人権や主権在民といった「人類普遍の原理」(前文)に代わって、ナショナリズムの原理に立脚した憲法になっています。「天皇を戴く国家」という「長い歴史と固有の文化」や「良き伝統」(改正草案前文)が謳われています。これは、憲法が立脚する原理の180度の転換なのです。
第3に、絶対平和主義の否定です。「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにする」(前文)ことを否定し、「国と郷土を誇りと気概を持って自ら守る」ことが宣言されている。「自衛権の発動」が容認され(改正草案第9条の2)、「国防軍の保持」(同)や軍事裁判所の設置(同)が記されています。
第4に、「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として尊重され……互いに助けあわなければならない」(改正草案24条)と記されているように、社会の基本単位を個人から家族へと転換させていることも特徴です。
安倍は、改憲のための突破口を96条改憲(改憲手続きの緩和)に絞り、参院選の争点にしようとしています。憲法について「国民が意思表示する機会を事実上奪われていた」から、「国民の手に憲法を取り戻す」と言うわけです。
しかし、改憲手続きが厳しいのは、その時々の議会内の多数派によって憲法の原理を侵害するような改憲が行われる危険性を防ぐという立憲主義の精神があるからです。多数派が誤りを犯す可能性を自覚し、政権が代わるたびに憲法を都合よく変えるようなことがないようにしているのです。
しかし自民党はその立憲主義の精神を無視し、改憲の中身を隠しながら、とにかく「改憲は当然のこと」という社会的な空気を醸成しようとしています。
改憲と並んで、日米同盟の強化と集団的自衛権行使の容認、辺野古への新基地建設、TPP参加、原発ゼロ方針の撤回と再稼動、原発新規建設、原発輸出の推進なども安部政権の特徴です。
●「アベノミクス」とは
では、今日の本題の「アベノミクス」についてみてみましょう。
アベノミクスの「3本の矢」とは、「機動的な財政出動」という公共事業の大盤振る舞い、「大胆な金融緩和」という無制限の金融緩和、企業の成長を後押しする「成長戦略」の3つです。
公共事業支出の拡大は、借金を膨らませるだけです。自民党政権は生活保護費を削って公共事業費を復活させる政策、つまり「人からコンクリートへ」の政策に転換しました。公共事業費は補正予算で約5兆円、2013年度予算で5.3兆円と1年間で10兆円になりますが、これは1990
年代並みの予算です。そこでは「防災」を名目しながら、新規事業が3/4も占めています。この公共事業による景気回復の効果は、一時的なものであり、政府の借金は増え続けることになります。
2012年度末の国債残高は709兆円、国と地方の長期債務は940兆円、対GDP比では196%です。国債、借入金、政府短期債務を合わせた国の借金は1016兆円に上ります。政府債務残高の対GDP比は、日本206%、ギリシャ176%、イタリア120%ですから、いかに財政危機が深刻なものであるのかがわかるでしょう。債務返済が危ぶまれて国債への信認が失われると、金利が上がって利払い額が急増し、国債価格が暴落する危険が現実のものとなります。
近年、物価が低下しつづけるというデフレが続いています。それは、供給力に比べて需要が不足していること、また人件費などの生産コストが下がることから起きています。日本でデフレが長く続いてきた最大の要因は、名目賃金が1997年以降、下がり続けてきたことにあります。平均給与は月37.1万円(97年)から31.4万円(12年)に 、年467.3万円(97年)から409万円(11年)へと下がっています。給与所得者が5250万人から5415万人へ増えているのに、民間企業が労働者に支払った給与総額は、逆に216兆円(2000年)から194兆円(2010年)へと、22兆円も減少しているのです。
労働者の所得が低下し、個人消費が停滞して内需が縮小し、物価が下落しているわけです。
●金融緩和をすすめる「リフレ派」
ところが、「リフレ派」と呼ばれる人たちは、「大胆な金融緩和で景気回復」ができると考えるのです。デフレは「貨幣的現象」であり、日本銀行が通貨の供給量を増やせば、デフレから脱却できると言います。日銀の黒田新総裁は、4月5日、2%の物価上昇率目標(インフレ・ターゲット)を達成するまで、国債などを無期限に買い上げて従来の2倍の通貨量を民間の金融機関に供給する方針を決めました。
リフレ派は次のように言っています。金融緩和でインフレが進むという期待=予想が生まれると、実質金利が下がると期待するから、企業は投資のための借入を増やす。個人もローンを組んで住宅を買う。貨幣の価値が下がるから、モノを早めに買おうとする。
また金融緩和によって債券市場や不動産市場に大量のマネーが流入し、株価や不動産価格が上がり、銀行やお金持ちの含み資産が膨らむ。日銀による大量の国債購入で長期金利が下がるから、企業は社債発行や銀行からの借り入れなど資金調達に乗り出す。金融緩和によって円安が進むから、製品輸出が増える。こうして景気が回復し企業の収益が増えれば、雇用も増え賃金も上がると、主張するわけです。
ポイントは、人びとにインフレが進行すると期待=予想させる政策をとることです。期待=予想しさえすれば景気がよくなるという一種のマジックです。
●国の借金膨張の尻拭い
では、アベノミクスで本当に経済は活性化するのでしょうか。この無制限の金融緩和では経済は活性化しないでしょう。すでに金融緩和策は十分すぎるほど行なわれてきました。ゼロ金利政策を続けてもはや金利を下げられない状況のなかで、銀行から国債などを大量に買って代わりに資金を供給する量的金融緩和政策がとられてきたのです。日銀は銀行にたっぷり資金を供給し、マネタリーベースを急増させたのですが、金融機関から先の企業や個人にはお金が流れない状況が続いてきました。マネーストックが伸び悩んできました。通貨量は増えるのですが、それが実体経済には向かわないわけです。
金融緩和政策は、企業の設備投資や生産活動、労働者の所得向上、雇用の拡大、消費の増大という実体経済の活性化につながらなかったのです。そのため、金融機関はだぶついた資金を国債の購入か、日銀の当座預金口座に向けるしかないのです。
では、効果のない金融緩和を、なぜ無制限に行なうのでしょうか? その隠された狙いは、政府が公共事業のために増発する国債を、日銀に買い取らせること、つまり財政赤字の穴埋めにあります。これは「財政ファイナンス」といわれます。政府が新しく発行した国債を日銀が直接買い取って資金を供給するという国債の直接引き受けは、国債発行に歯止めがかからなくなるため、財政法で禁止されています。日銀が買えるのは、市場で流通している既発の国債だけです。
ところが、安倍は、事前に新規発行の国債を日銀に全部買わせると明言しています。そうすることで、銀行に国債をどんどん購入させる。銀行がいったん買った国債を日銀が全額買い取るとすれば、直接引き受けと同じ効果をもつわけです。黒田総裁も日銀が保有する国債を、1年の新規発行額44兆円を上回る50兆円増やすと言っています。これにより、国の借金は膨脹し、国債への信用が堕ちるという点が、アベノミクスの弱点です。
●賃金引き上げなしの物価上昇
アベノミクスでは、無制限の金融緩和とそれによる円安でインフレが進行しても、賃金は上がりません。物価上昇率2%の達成は、食料品・燃料費・公共料金の値上がりと消費税率引き上げによってだけ可能になるでしょう。90年代以降、消費者物価が2%上昇したのは、消費税率が3%から5%に引き上げられた1997年と食料品とガソリンの価格が急騰した2008年だけです。
グローバルな市場競争のなかで自動車や電機製品の価格は下がる一方です。非正規雇用の拡大で人件費が抑制され、サービスの価格は上がっていません。他方、円安で輸入される小麦・食用油・大豆・ガソリン、電気料金などは値上がりしはじめています。さらに消費税率が10%に引き上げられようとしています。こうした値上がりで、生活はいっそう厳しくなります。インフレは実質賃金の切り下げになりますが、日本では90年代後半から賃金が下がり続けています。非正規雇用が急増してきたからです。労働者全体のなかで占める割合は、97年の23.2%から12年の35.2%へと増加しました。
アベノミクスで物価が上昇したとしても、賃金が上がらないと所得向上・消費拡大による実体経済の回復に至りません。このような批判がでるようになり、賃上げ問題がアベノミクスの焦点に浮上してきました。そのため、2月12日に安倍首相は、経済3団体に賃金引き上げを要請しました。自民党政権としては異例のパフォーマンスでした。しかし、これは「金融緩和によるデフレ脱却・景気回復で、自然に雇用も増え、賃金も上がる」というリフレ派理論の論理的破綻を示すものでした。
この要請に対して企業側は、企業の業績・収益の回復が先だとし、賃金引き上げは拒否しました。浜田宏一内閣府参与は「名目賃金はむしろ上がらない方がいい。名目賃金が上がると企業収益が増えず、雇用が増えなくなる」と言っています。業績の良い企業、トヨタ、日立、ローソン、ワークマンなどは、ベースアップはせず、ボーナスだけ増額しました。セブン&アイは正社員5万人にベースアップをしますが、肝心の非正社員8万5千人は対象外です。
賃金引き上げの状況は、連合の集計では、ベースアップと定期昇給が平均5291円で昨年より51円増、300人未満の中小企業では4149円で昨年より10円増です。経団連の集計では大手企業で平均6203円、昨年より37円減、賃上げ率1.91%、昨年より0.03%減となっています。企業の収益は増えても、賃金は上がっていないのです。
賃金を上げるためには、同じ仕事をしている正社員と非正社員の時給格差を禁止し、均等待遇を義務付ける、生存権保障の視点からの最低賃金を引き上げることが必要です。時給1000円に引き上げて、ようやく年収200万円を越えるのです。
しかし、安倍の賃上げ政策は企業頼みで、政府としては何も手を打ちません。
●「成長戦略」での解雇規制の撤廃のもくろみ
アベノミクスへの批判もかなり出されていますが、その批判は、実体経済の回復のために「成長戦略」を重視すべきだというものです。財政出動と金融緩和ではデフレ不況から脱却できないから、「成長戦略」による経済構造の改革が必要というわけです。具体的には、規制緩和、TPP参加、法人税率の引き下げをおこない、潜在成長率を高めるというものです。安倍も、「成長戦略」を打ち出しています。
しかし、TPP参加による関税撤廃は農業に大きな打撃を与えます。農業生産額は3兆円減少し、食料自給率は14%に低下します。さらに非関税障壁が撤廃されることで、安全性や公共性のルールが破壊されます。残留農薬基準の引き下げ、遺伝子組み換え作物の表示義務の撤廃、混合診療の解禁による国民皆保険制度の解体、ISDS条項による環境規制の緩和なども行なわれることになります。
とくにこの「成長戦略」の問題点は、解雇規制の撤廃による労働市場の流動化にあります。安倍政権は、経済成長のために「成熟産業から成長産業へ労働力を移動させる」必要があると言っています。そこで、金銭的補償をすれば自由に解雇できる制度を導入しようと狙っています。また、雇用調整助成金(休業手当の一部を政府が助成)を廃止し、あらたに労働移動支援助成金(職業訓練に必要な資金への助成)を増やそうとしています。セーフティネットの確立がないままに正社員の解雇を自由化し、不安定雇用の労働者を増やすことになります。
自民党の「政権公約」には、「世界で一番企業が活動しやすい国」をつくるとあります。かれらにとって、経済成長とは企業の収益の増大です。経済が成長すれば、雇用も拡大し賃金も上がり、税収も増えるという発想なのです。ですから、格差是正のための再分配よりも企業利益が優先されます。
しかしこの「成長戦略」は、時代錯誤です。日本は人口縮小社会に入り、経済成長は望めません。また、景気回復や経済成長によって企業の収益は増大しても、非正規雇用が増えるだけで、賃金は下がっていきます。企業の内部留保(利益剰余金)は170兆円(01年度)から300兆円(10年)に増えました。「戦後最長の景気回復」期とされる02年〜08年では、GDPは12%増えましたが、雇用者報酬(賃金)は0.1%減っていたのです。
●安倍政権とどう対抗するか
では、この安部政権、とくにアベノミクスと、どのように対抗すべきでしょうか。
アベノミクスは、金融緩和によるバブルで景気回復をめざすものです。これに対して、非正規労働者を中心にした労働者の賃金引き上げと所得の向上、仕事の分かち合いによって経済の活性化をすすめるべきです。経済成長ではなく、ローカルからの循環型経済と富の公正な分配がめざされるべきでしょう。
第一に、非正規労働者への賃金保障、労働者の賃金と所得を引き上げが求められます。そのために、正社員と非正社員の時給格差の禁止、均等待遇の義務づけ、最低賃金を時給1000円に引き上げ年収200万円以上を保障する、企業の内部留保1%を労働者に回す、セーフティネット整備なしでの解雇規制の撤廃に反対するなどの運動が必要です。
また、円安による自動車や電機製品の輸出主導型の経済成長という路線に戻らず、地域内循環型経済をベースにした経済へと組み換えていくことが求められます。当然、TPPには参加せず、アジア諸国と公正な貿易関係を形成していくべきです。
さらに、脱原発を推進し、環境・再生可能エネルギー、農業と食、ケア(医療・介護)・子育て・教育の分野に資金を投入し、事業を活発にし、その領域で雇用を創出していくことも必要です。そして、生活保護の給付水準を維持し、捕捉率を引き上げる。公正な税負担の増大で医療・介護・子育て・教育と住まいの公共サービスを拡充することも必要です。金融緩和による円安政策で他国との間に通貨安競争を激化させることは、避けるべきです。
改憲をすすめる安倍政権の野望を挫くための大衆的な抵抗運動の持続的な発展が求められます。運動としては、脱原発の運動の持続的で多様な発展があります。再稼動阻止、「原発被災者子ども支援法」の実効ある具体化、福島原発告訴団の運動、官邸前行動など、多様な形で繰り広げられています。
また、従来の護憲派の枠を越える改憲阻止の新しい戦線づくりと論理の再構築が求められます。とくに9条の絶対平和主義(非武装・非軍事)の視点だけでなく、市民が政府の権力を縛るという立憲主義の重要性を広く喚起する必要があります。3.11後の日本では、いのちと生存権の保障についての視点も重要です。
さらに、沖縄の抵抗運動の持続とそれとの連帯、反貧困の運動、反TPPの運動なども大きな課題です。そして、参院選にむけて左翼・リベラルの政治勢力の再生をめざすこと、オルタナティブな社会についての議論も不可欠です。参院選を新しい社会や政治・政党のあり方をめぐる大論争の場にしていくことが求められます。
時間がきましたので、これで報告を終えます。ありがとうございました。