月の行灯 星の行灯 生駒孝子
ヘッドライトが交錯する宵闇の交差点は、誰もが家路を急いでいる
ように見える
スーパーに吸い込まれていく車の向こうには、夕食の団欒の湯気が
見える気がする
もしもこれから仕事に向かう車があるのなら、屋根に月の形の行灯が
載っているといい
そうしたら私が月よりも満面の笑みであなたを照らして送ってあげる
「いってらっしゃい いってきます」
私はぽっとお腹の辺りが温かくなって、ヘッドライトの向こうへ
視線を戻す
朝食の仕度に勤しむ灯りが、ぽつりぽつりモノクロの家並を温めている
冷えた路地を縫って、身体を丸めながら家路を辿る車がいるのなら
星の形の行灯を点けているといい
私は糸で編んだ月のように目を細めて、あなたを迎えよう
星の行灯は白く明けていく空に溶けて消えていく
そうして私はふっと背中が重だるくなったことに満足する
今宵またあの交差点で会いましょう
月の行灯を点けて
台風18号 生駒孝子
「かつて無いほどの勢力を保ったまま、台風18号は東海地方に
最接近ー」ラジオは繰り返し台風の上陸が近いことを伝えている
風雨は激しさを増し、視界を奪い始める
渡りきれるだろうか、河口近くに架かるこの橋を
かといってここで停まるわけにもいかない
単線の田舎道、もう大型トラックが停まれそうな場所は見当たらない
ごくりと唾を飲み、意を決してそろり渡り始める
ハンドルをとられまい、全身で固まらなければ飛ばされそうだ
軽量化されたアルミのボデーは想像以上に軽い
おまけに風当たりは抜群なのだ
すぐ脇にあるはずの欄干は確か低かったはずだ
向こう岸はこんなに遠かっただろうか
ようやく渡りきった先のコンビニでギブアップを決め込んだ
トラックはなおも地震体感車のように揺れ続ける
ヒトはこのトラックと似ている
見通しがいいから、なにもかも見えている気になる
大きい車体を皆が避けてくれるから、自分に力があると錯覚する
しかし今、この車のなんと小さいことだろう
帰路、私が2時間前に通った農道を重機が塞いでいた
脇の田んぼには薙ぎ倒された黄金の海に、コンビニ配送車が溺れていた
台風一過の光に照らされた白い車体には「24hours」の文字が
輝いていた