ハナミズキの咲くころに     生駒孝子

 

 

あなたの、膨らみかけた蕾に小さく息を呑む春の宵

私はその瞬間を待たずにあなたに別れを告げる

 

あなたが晴れやかな青空に、若葉のモザイクをかける頃

あなたを新たな家族が迎えるのだ

 

小豆色の外壁に映えるあなたのその白い花を、

幼い兄妹が競って数えるかもしれない

 

夏の午後にはあなたの葉陰が運ぶ風に

ちいさな寝息をたてるだろう

 

疲れ果てた夫を出迎える妻の背中は

そっと隠して

 

晩秋にはあなたの枝に

温かい夕食の灯りの花が咲くように

これからは、いつも暗い窓辺を見つめて

ひとり震えることもない

 

私は東風に乗せて届けよう

あなたに包まれた

午後のまどろみの幸福を

 

ハナミズキの咲くころに

オリオン          生駒孝子

 

 

「よいしょっと」

歯を食いしばってプロパンを持ち上げる

トラックドライバーにとって、

フォークリフトのガス交換は日常作業のひとつだ

「こんな鬼瓦みたいな顔、誰にも見せられへん」

呟いてみるが、工場の窓から漏れる灯りは遠く人影もない

海岸沿いの工場の南は、松林の影が黒く映るだけだ

 

私は星座はオリオンしか夜空に結ぶことができない

だからなのか、毎夜オリオンを仰いでしまう

 

「私も女子なんだけどね〜」

顔を上げて小走りに走れば、ニット帽の上で

ヘルメットがユサユサと嗤う

「あ〜寒い」掛け声と一緒に

分厚いジャンパーの両脇をギュッと抱きしめる

 

四時間前には小さかったオリオンが

西の空に大きく間延びしている

 

さあもうひと走りだ

今日の仕事が終わる頃、

待ち人ならぬオリオンは