午前三時の点呼室     生駒孝子

 

 

トラックドライバーの朝は遅くて早い

「お疲れさまです。おはようございます。」

白く曇ったガラス戸を開ける

 

午前三時の点呼室には様々な声が飛び交う

「血圧百八十出ちゃったよう」

「今夜は冷えるから余計だね」

もう一回、もう一回

 

「荷姿ヨシ、緊締ヨシ・・」

寝ぼけ声の長時間労働のつぶやき君

早く出発したいのにと点呼役の

リードに被せるせっかちさん

キビキビと指を指すのは

やっぱり人生のセンパイ

 

ピンポーン呼気検査オーケーの判定に

思わず声を上げるのん兵衛

「また呑み過ぎたのかあ?」

冷やしの声にすかさず言い訳

「カレーパンだよ」

キカイは時に始末に終えない

 

熱々のカップで手を温め肩の強張りが着地する

珈琲の香りが鼻に広がり頭から抜けていく

やかんの湯気に時計の針が揺れている

ああ、もう帰らなきゃ

同じ針を指す頃私も出発だ

 

「いってらしゃい。お気をつけて」

「俺ももうおわりだよ」ニヤリと笑って

ドア越しに振り向く声は明るい

 

今度は確かめて「いってらっしゃい」

ちょっと照れて小さな声で応える背中に

もういちど、もういちど

 


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常緑樹の憂鬱          生駒孝子

 

その木はいつもそこにそっと佇んでいた

旅人は葉陰に空蝉を数え日差しを凌いで休んだ

入道雲を抱えた空だけが知っていた

木が旅人に気づいてもらいたかったことを

泡を集めた淡黄色の花を震わせて

 

空は遠く旅人は散りゆく紅の切なさに涙した

木は紅葉になれぬものかと羨んだ

この身を染めて想いを伝えたいものを

 

旅人がその洞に籠もる冷たい朝

木は足元に落葉を積んで彼を温めた

しかし目覚めた旅人は遠目にも

華やかな桜色に誘われて去っていった

 

木は変わらぬ姿を嘆いた

せめてたおやかになびく柳ならば

袖を振って彼を呼び戻すのに

 

 

旅人が洞に隠したものを思い出した夜

木はそこにそっと佇んでいた

裸木に星の花を咲かせて

 

星の花だけを咲かせて


かささぎ大橋          生駒孝子

 

磐田原から西へ一日の始まりを抱えて下る

天竜川を突き抜ける橋が

通勤車を吸い込んでいく

狩り立てられたドミノたちは

色とりどりに輝いて

橋を岸辺を埋めていくのだ

 

干上がった川底には

赤茶けた木々たちが

足元を温めて穏やかに揺れる

暴れ竜の流れを忘れているのか

 

三段飛ばしの石投げに興じた少年は

石の歓喜を知っただろうか

 

 

かささぎを模ったライトが

夕暮れを照らし始める

線香花火の灯火が

橋を包み込んでいく

家路を急ぐ車たちはもう

輝かなくてよいことを知っている

 

 

僕も明日を夕日に措いて

月を迎えに上っていく