もうすぐ一年 地引 浩
誰も問うことができるはずはない
死刑執行を待つ日々について
それは三十三年続いた非日常であり
思い出したくもない日々であるのだから
だから記憶は「消され」ていき
巌さんのこころの奥底に積みかさねられる
真実が勝ち 巌さんが勝つ
権力も侵すことができなくなった
巌さんは 最高裁長官にも総理大臣にも
日銀総裁にも 国連最高司令官にもなった
巌さんは皆に給料を払い 幸せに暮らさせなくてはならない
世界から争いをなくし 世界を平和にする
もうすぐ1年になる
巌さんの日常は いまだ仮の日常で
「確定死刑囚」の汚名を背負ったまま
街を歩き 買い物をし 新幹線に乗る
「真理」と巌さんは答える
好きな言葉は? と問われてのことだ
真実ではなく 「真理」
確かに 巌さんは「真理」と答えた
巌さんは「真理」と向き合っている
無実であるという真実を証明することではなく
「真理」が証明し 真実が勝つ
過去も現在も 「真理」が存在する
巌さんは虚空を見つめ 「真理」に問う
巌さんの存在について 使命について
巌さんは 真理の使者 正義の執行者とならなくてはならない
世界の平和と人々の安らかな日常をもたらす
もうすぐ1年になる
巌さんの日常は いまだ仮の日常で
「確定死刑囚」の汚名を背負ったまま
床屋に行き 散歩をし バスにも乗る
(2015.3.1)
春のちぢみ 地引 浩
陽ざしが日に日に明るくなると
畑の青菜が花を準備し始める
くきたち菜が伸びてくる
くきたち菜を摘んでくる
いろいろな青菜のものがいい
ざっと洗って水けをきる
卵と水を溶き
小麦粉を入れる
天ぷらよりも薄く衣を作る
フライパンに少しごま油を引く
くきたち菜をざっと衣に通して
フライパンに並べる
軽く焼き 裏返す
さあ 両面が焼けたら できあがり
たれは醤油と酢とねぎ
好みでとうがらしやにんにくを入れる
たれを少しつけ ほおばる
春の苦さと甘味が口に広がる
それぞれの青菜の香りが鼻に抜ける
春の昼のしあわせ
(2015.2.21)
蝶が舞う 地引 浩
蝶が舞う
ただ一羽 ただ一羽
冬枯れの野に
紋白蝶がただ一羽
そう あれは 二〇一五年二月一日
朝早く Gさんの映像が
ネットを駆けめぐった日だった
この国の政府は
この国の首相は
ほんとうの勇気を見殺しにした
「有志連合」に加わりたいためだけに
戦争ごっこをしてみたいためだけに
Gさんを生贄にした
蝶が舞う
ただ一羽 ただ一羽
木枯しの野に
紋白蝶がただ一羽
そう あれは 二〇一五年二月一日
朝早く Gさんの無念が
天空に霧散してしまった日だった
この国の未来の
この国の希望の
ほんとうの終わりの始まりの日
大日本帝国を夢想する奴らために
戦争ごっこをしてみたい奴らのために
Gさんは生贄にされた
あの日を忘れてはならない けっして
(2015.2.11)
海はだれの 地引 浩
海は だれのもの?
海は どこかの国のもの?
いえ
海は どこの国のものでもない
海は そこで暮らす人たちのもの
海は だれのもの?
海は にんげんのもの?
いえ
海は にんげんだけのものではない
海は すべての生きもののもの
海は だれのもの?
海は 鎖で囲うもの?
いえ
海は だれのものではない
海は ずーっとあるがままのもの
海は なんのために?
海は 戦のためのもの?
いえ
海はなんの ためでもなく
海は 平和に暮らすためにある
(2015.4.6 辺野古の海辺で)
買い物に 地引 浩
祭の日
巌さんが街へ買い物に出た 一人で
貯金が十万円になったらと
約束してたのさ 自分で
だから 一人で買い物に出た
信号を渡り
地下道をくぐり抜け
歩道を歩き 駅まで来て
コンコースのなかのお店のまえへ
いつか秀子さんと買い物したお店
ドーナツを二種類
二十個買って 三千二百円
巌さんは一万円札を出した
「釣りはいらない!」と巌さん
店員さんは目をパチクリ
「困ります」
「困ります」
巌さんは お釣りをもらった
一度は言ってみたかったのさ
次の日
巌さんは街へ買い物に出た 一人で
信号を渡り
地下道をくぐり抜けて・・・
いかん 間違えた 出口を
もどって もう一度
歩道を歩き 駅まで来て
コンコースのなかのお店のまえへ
ショーウインドーのなかを見わたして・・・
今日は 何も買わなかった
次のつぎの日も
巌さんが散歩に出かけた 一人で
しばらく外出しなかったのにね
(2015.5.10)
一郎さん 地引 浩
月桃の花が咲いた
今年も咲いた
私たちの小さな庭に咲いた
一郎さんという人がいた
父の弟、私には叔父さんにあたる人だ
戦後生まれのボクは会ったことはない
一郎さんは沖縄で死んだという
あの沖縄戦で戦死したのだ
去年 摩文仁を訪ねたとき
ボクは一郎さんを探した
平和の礎の列で一郎さん名前をたどった
静岡県の最後の方に一郎さんはいた
写真の一郎さんを想いながら
一郎さんの名前を撫でた
一郎さんは高等小学校を終えて
兄と同じ工務店に奉公し 電気工になった
すでに両親は亡くなっていて
兄と妹との一郎さんの一家では
十四歳で働くのは当りまえだった
その兄が出征して中国に行き
弟の一郎さんも兵隊になった
一郎さんは優しかったと叔母さんは言っていた
どのように優しかったのか 叔母さんは話さなかった
二人の兄のうち
優しかった兄ちゃんは戻ってこれなかった
一郎さんは骨さえも帰ってこなかった
叔母さんは ずーっと一郎さんの帰りを待っていた
写真の一郎さんは兵隊の姿だった
切れ長の目に悲しそうな光をたたえ
口をしっかり結んでいた
一郎さんは家で遊ぶ私たちをいつもずっと見ていた
一郎さんがどのように戦い
いつ どこで死んだのか だれも聞いていない
ともかく 兵隊として送られた沖縄で死んだのだ
一郎さんは優しかったから
おじいやおばあやこどもらを
ガマから出ていけと追わなかったよね
幼子を抱いたおかあに
静かにさせろと怒鳴らなかったよね
白旗を掲げてガマから出ていくおじいを
後ろから撃たなかったよね
慰安所なんかに一度も行かなかったよね
一郎さんの名前を撫でながら
私は一郎さんに話しかけていた
月桃の花が咲いた
今年も咲いた
一郎さんもきっと見た
月桃の花が咲いた
六月二十三日が 今年もやってきた
(2015.6.23)
あらし 地引 浩
あらしがやってくる
あらしが再びやってくる
胸がさわぐ 胸がさわぐ
いつもそうだった
小僧のころから そうだった
家族全員で雨戸を必死に押さえていた
やつらに糞尿袋を投げていた
あらしがやってくる
あらしが再びやってくる
胸がきしむ 胸がきしむ
この海が このサンゴが
土砂で埋められ 土足で踏みにじられる
二度と生命と希望を育むこともなく
二度と平和が還ることもない
あらしがやってくる
あらしが再びやってくる
胸がおどる 胸がおどる
この海を このサンゴを
埋めさせてはならない 汚させてはならない
もどってこよう あらしのときに
いくさのない未来のために
(2015.9.2 辺野古の海でサンゴを見ながら)