2016.4.23 
「東海大地震と浜岡原発」広瀬隆講演と
        「避難の権利」確立の訴え

 

2016年4月23日、静岡市内で、浜岡原発を考える静岡ネットワークと避難の権利を求める全国避難者の会の共催で、広瀬隆講演「東海大地震と浜岡原発」と避難者のスピーチがもたれ、300人が参加した。

 

●広瀬隆講演「東海大地震と浜岡原発」

広瀬さんは、2016年4月の熊本地震は、中央構造線が動き出したことによる2000年ごとの地震であり、大地震では避難計画は絵に描いた餅になることを示した。また、益城では上下動で1399ガルを記録したことをあげ、川内原発の耐震性が620ガルであり、川内原発が大地震に耐えられないと語った。

さらに、東海地震が起きれば、浜岡原発の防波壁は屏風のようなものであり、津波に耐えられない、高いところに電源を設置しても、津波でケーブルが破損する、取水池からが水があふれる可能性もある、川を遡上した津波が原発敷地内に流れこむことも考えられる、停止していても使用済み燃料は浜岡現地にあり、冷却ができなくなる、そもそもGEマークT型原子炉は欠陥商品であると指摘されてきたなどの問題点をあげた。

 最後に、電力自由化は、電力会社への国民的な投票になるものとし、人間の尊厳をまもるために、原発に依存しない電力を選択していくことを呼びかけた。

  

●避難の権利を求める全国避難者の会の訴え

 続いて、福島事故により、北海道、静岡、三重、京都、神奈川などに避難している人びとが発言した。避難者はつぎのように話した。

帰還政策が加速され、除染に金が投じられ、避難への支援が打ち切られようとしている。国も県も東電も事故を矮小化し、再稼働をすすめようとしている。それは、人の命も心もむしばむやり方だ。双葉に未来学園をつくり、子どもを利用しようとしている。

組長と市民との対立状況は報道されない。支援の打ち切りで、あと1年で住んでいる家を追い出そうとしているが、汚染された故郷には帰れない。政府は帰還か移住を選択しろといい、避難者をなくそうとしている。避難者を邪魔ものにし、オリンピックまでにゼロにしようとしている。

福島では安全・安心のキャンペーンがすすめられている。本当のことが報道されない。理不尽に屈するわけにいかない。なぜ、汚染されているところに帰還させようとするのか。この国の政府・県は信じられない。避難して、自分の子どもを守るしかない。この理不尽を必ず終わらせたい。避難の権利を認めさせたい。事故をなかったことにしようとしているが、過去はかえられない。

言えない思いはいっぱいある。災害救助法による支援の打ち切りは避難の命綱を切ることだ。8000ベクレル以下の汚染度を公共事業で使う、帰還をすすめて被曝させる、それがいまの政策だ。帰還か移住かの選択は、被曝か貧困かを選べということだ。原発はアヘンのようなもの、事故や汚染などなかったことのようにされている。不正な金によって人びとの発言が封じられている。それに負けずに訴えていきたい。

このように集会では避難者がいまどのような状況に追い込まれ、どう感じているのかが示された。

 

●「避難の権利」の確立を

2015年10月に避難の権利を求める全国避難者の会は設立され、2016年3月には第1回の政府交渉をおこなった。この交渉では、支援を打ち切ることで避難者の意に沿わない転居や機関の強制をしないこと、政府が福島事故を人災と認め、避難者の実態把握をおこない、その情報を公開すること、事故の全体像と収束、汚染の状況や廃棄物処理の見通しなどを明らかにすることなどを求めた。

しかし、政府の回答は「人災」と認めず、「避難」の定義もせず、避難者への支援を打ち切って、「復興と帰還」を求めるというものだった。このような政府の対応に、避難者は「帰還か移住かの選択は、被曝か貧困かを選べということ」とし、「避難の権利」の確立を求めている。

事故や汚染などなかったかのようにふるまうものたちが実権を握り、被曝のなかで自主的に避難を選んだものたちが不正義とされる現在のありようこそ、変革されなければならない。

2016年秋には、政府の規制委員会による浜岡原発4号機の再稼働判断もなされる可能性もある。避難の権利を認めさせ、原発廃炉にむけての活動をすすめていこう。 (T)