工場移転       生駒孝子

 

 

殿を務めるわずかな工員が、残ったラインを

動かす音が隣の棟から聞こえてくる

 

電灯のスイッチを探して歩けば

コオロギが私を先導して跳ねる

壁沿いに落ちているのは干からびた雀の子

起こしてしまったのか高い梁の上から

チュンチュン親雀の声がする

 

フォークリフトをとりに向かえば

掌ほどもある蟹の親分にギロリ睨まれ遠回り

荷の下ろし場所がないと怒って操ったリフトも

今は有り余る空間に迷いながら作業する

手洗い場の隅もピカピカ光って

よそよそしく私を牽制する

 

オリオンが迎えに来て

海からの夜風が秋の訪れを予告する

まもなく虫たちが葬送曲を奏で始める

 

工場の夏も終わり

ここはあなたたちの地にかえる

 

 


     見舞い         生駒孝子

 

満開の花桃の木々に背中を押してもらい、

川を挟んだ向こうの峰にある病院へ向かう

 

ベッドに横たわる彼はもてなしができないと詫び

私の差し出す金封を棚に入れてくれと頼んだ

 

彼の手をそっと私の掌で包んでみる

伸びない指さえ温かい

しかし機械の油がきれたように硬い

油を注せば次々動くものなら

いくらか言葉も見つかるものを

 

 

三度目に病室を訪れた午後、彼は尋ねた

「どうしてこんなに見舞ってくれるの?」

私は顔を上げることもできず声を絞りだした

「叱られるかもしれませんけど:

励ましてもらいにきているんです」

「:そう:生きていれば辛いこともあるもんね」

彼は小さく頷きながらゆっくりと言い聞かせた

 

凛とした日差しを木々が柔らかに落としている

蝉の声が霧雨のように降り注いで私を包む

私はそれを抱きしめながら

ひとつひとつ階段を下りていく