灯り 生駒孝子
胸の中で足音を増幅させてアパートの階段を駆け下りていく
車に乗り込むとエンジンキーとライトを同時に回して出発する
信号が路面を潤ませて青に変わった
ヘッドライトを上下させて譲れば新聞配達のバイクが
頭を下げて荷台を中心にゆっくりと曲がっていく
青白く厨房が浮かび上がるパン屋の奥ではマスクに手袋
白帽白衣の職人がそろそろと働き始める
私は焼きたてのパンの香りを想像しながら
弁当袋から取り出したおにぎりをハンドル片手に口に運ぶ
飲酒検査の十五分前には食べ終わらなければならない
大学の横を抜ければ青年たちがまだ語り足らないのか
水溜りも気に留めず街灯の下を身振り手振り歩いている
「雨の夜でも一杯からでも配達します」
看板の灯りを落としたラーメン店、ひとりシンクを磨く
店主の背中が薄明かりの店内に滲んでいる
派手な電飾の前に代行運転のドライバーがふたり
所在なさげに酔客を待って濡れている
私もドアの気配を窺い、青信号に慌ててアクセルを踏む
幹線道路を外れればぽつり浮かぶいつもの部屋の窓灯り
また眠れない夜を持て余していますか?
いつも明るい大きなあの窓はナースステーションだろう
今夜は平穏な夜でありますように
年老いた点呼番が居眠り半分待ってくれている
職場の灯りが近づいてきた
夜と日を繋いで私の一日が始まる
タイヤローテーション 生駒孝子
プシュー、カタタタター
コンプレッサーの回る音が合図だ
髪をひとつに束ねなおしキャップを逆さに被る
ジャッキをトラックの下に転がし、車体を持ち上げる皿が
シャフトの真下に当たるか身体を潜らせて確認をする
ジャッキアップしてタイヤを浮かせたら
インパクトでナットを緩める作業を始める
インパクトの先をナットに合わせたら
腰を落としお腹に力を入れる
多少蟹股になるのは恥ずかしいが致し方ない
ダダダ、カチャ。ダダダ、カチャ。
ナットはインパクトの先から転がりだす
後輩たちは肩におろした髪をインパクトからの
風圧に揺らして遠巻きに見ている
ホイルの穴に手を突っ込み、身体と一緒にタイヤを
左右に振りながら引き摺りだす
タイヤの移動も鉄のホイルに引っ張られ足元があやしい
さあここからが私の難関だ
タイヤをバールで持ち上げボルトとホイルの穴を合わせて
はめ込まなければならない
「力じゃない、コツなのだ」言い聞かせても穴は逃げるばかり
序々に腕は痺れ、目はうつろに泳ぎだす
それでも横から先輩が押し込んでくれるのは有難く恨めしい
またインパクトを握り今度はナットを締めていく
先ほどよりも腕に力が入らない
インパクトのボデーを支えた腿に青あざが刻まれる音がする
「代わるよ」先輩が声をかけてくれるが