半径5mのねこ 高橋 恵理
老母はねこと暮らす
ねこは5mのひもにつながれている
一旦飛び出すと夜中まで帰らないねこを寝ないで待つ母は
とうとう疲れ果て外に出ないようひもでつないだ
「かわいそうだけどわたしはもっとかわいそう」
自由を奪われどんなに悔しかろうつらかろう
そういえば近所に大好きな友だちがいたんだよね
2階の窓からご帰還のときは入れてくれの合図に「にゃおん」
その後は餌場にまっしぐら
お腹がいっぱいになるとお気に入りのソファにまるくなる
「わがまま放題に生きられるねこになりたい」とつぶやく母だった
わがままねこも今や行動半径5m
あらゆる手を使って抗うかと思いきやすっかり落ち着いている
ほんとうにこんな生活で満足なのかい君は
裏戸を開けると繋がれたままちょっとだけ庭に出られる
センリョウの幹にがりがり爪を立て
雑草の葉をぐにゃぐちゃ噛んでご満悦な様子
ときどき階段を猛スピードで駆け上がるも
ひもの許す範囲で引き返す
いっしょにあそぼと誘いに来ていたクロブチの友だちも
いつの間にか姿を見せなくなった
哀れな囚われのねこ
あるときひもの先端を柱からはずしてみた
さあ家の中を好きなだけ歩いてごらん
こっちへおいでとボールを階段の上に放ってみる
夢中で追いかけるねこ
が、ちょうど5mのところで引き返してきた
ほら前によく日向ぼっこしていた縁側まで行ってごらん
もう一度ボールを投げてこっちこっちと呼びかける
またもや5m行ったところで止まった
ねこは自由を忘れたのか
半径5mが自分の世界になってしまい
囚われていることに満足してしまったのか
ひもの先を見せながら「本当にいいんだね」とねこに話しかける
ねこは目をまっすぐこちらに合わせ見上げている
あ〜あと小さくつぶやき私はひもを再び柱に結びつけた