6・11 東京高裁,不当決定
袴田巌さんの再審開始を取り消し
2018年6月11日の昼、雨のなか、東京高等裁判所前に人びとが集まり、袴田事件の即時抗告審の決定を待った。東京高裁前では集会がもたれ、浜松、静岡、東京など支援する会のメンバーが袴田さんの再審・無実を訴えた。4年前の2014年、袴田巌さんは静岡地裁の再審決定により、拘束を解かれ、故郷に戻ることになった。しかし、検察は即時抗告をおこない、再審決定の取り消しを求めていた。
●再審開始決定の取り消し
この日、東京高裁第8刑事部は、検察の主張を受け入れ、静岡地裁の再審決定の取り消しを決定した。袴田さんの身体については、再審請求棄却決定が確定する前には死刑と拘置の執行停止を取り消すことはしないとした。
東京高裁は地裁判決取り消し決定の理由として、弁護側がおこなった5点の衣類でのDNA鑑定(細胞選択的抽出法)を過大評価しているが、鑑定は信用できない、弁護側の5点の衣類のみそ漬け再現実験の証拠価値が不当に高く評価されている、5点の衣類がねつ造されたという合意的な疑いはないなどとし、再審請求には理由がないとした。
地裁でのDNA鑑定では検察・弁護の双方の鑑定人がDNAは袴田さんのものではないという結論だった。しかし、検察側は即時抗告審において、弁護側DNA鑑定のデータを非難することをはじめ、その主張を東京高裁に認めさせたのだった。
「不当決定」の幕をもった弁護士が高裁前に来て、再審請求棄却決定を伝えた。ざわめきとともに怒りの声があがった。袴田さんは無実だ!のコールのなか、袴田事件の取材をすすめてきたマスコミが、再審決定棄却の速報を流す。
●不当決定抗議の弁護団報告集会
高裁決定の後、検察への抗議・要請行動が取り組まれ、その後、弁護士会館で報告集会がもたれた。
報告集会では弁護団はつぎのように決定を批判した。
決定文は弁護側DNA鑑定の否定が主な内容であり、検察の主張を取り入れたものである。検察と裁判所は無実の者を処罰しようとしている。5点の衣類はねつ造としか考えられない。そもそも味噌樽のなかに犯行着衣を隠したという行為自体が不自然である。
録音テープからは犯人に仕立てあげようとする違法捜査が明らかになる。自白の信ぴょう性だけでなく、犯人であるとする先入観があり、捜査自体に問題があった。裁判所は審理ではDNAをめぐって納得するような素振りだったが、書面上での判断で決定を書きあげている。弁護側DNA鑑定は誤りという結論ありきの決定であり、裁判官の空想的決定である。
このような判決となること自体、異常だ。事実や証拠を無視して書かれたものであり、それは冤罪決定である。最高裁で弁護側の即時抗告が棄却されれば、袴田さんの再収監もありえる。再審決定があっても検察が抗告できるという制度も問題がある。世界にあってはならない決定が出たことを訴えることも必要である。日本には死刑制度があるが、生命権の不可侵が国際的な人権思想であり、死刑を廃止すべきである。(以上発言を要約)。
袴田ひで子さんは、巌は釈放され、やっと「幸せ」という言葉を使うようになった。いつか再審・無罪を勝ち取りたい。裁判所は、真実を正しい目で裁いてほしい。50年、闘ってきた。これからもがんばっていくと決意を述べた。浜松の支援する会は、生きているうちに再審無罪を勝ち取りたい、最後まで闘いたいと訴えた。
●再審・無罪の「幸せの花」を!
即時抗告で、検察は自らの正当化のために、弁護側DNA鑑定を再検証するのではなく、弁護側DNA鑑定を非難する意見書を出し、それを高裁に認めさせた。本来、再審請求は請求者の権利のためのものであるが、今回の決定は、検察の利益のための決定に堕してしまった。疑いしきは罰せずではなく、罰するというのである。
地裁は再審を決定した際に5点の衣類について警察によるねつ造の疑いを指摘した。検察による即時抗告での弁護側鑑定への非難には、権力によるねつ造を絶対に認めさせないという国家意思が示されていた。その力が高裁の決定に影響を及ぼしたのだろう。
解放されて4年、巌さんは少しずつ人間性を取り戻してきた。笑い顔の時が増え、冗談もとばすようになった。時にランニングもする。巌さんが弁護士事務所に設営された再審無罪への壁に記した文字は、「幸せの花」だった。
現実に再審無罪を勝ち取り、「幸せの花」を手にする機会は、奪われた。しかし、必ず再審無実を獲得する。報告集会は、高裁の決定批判とともに、50年の闘いを分かち合い、再度、再審を決定させ、無罪の判決を勝ち取っていくという決意を持つときとなった。
不当決定に対し、浜松の救う会はJR浜松駅前で不当決定に抗議するスタンディングをおこなった。 (T)
袴田再審 不当決定に対する声明
◇6月11日、東京高裁大島隆明裁判長は、袴田巌さんの再審を妨害する検察の即時抗告を認め、静岡地裁の再審開始決定を取り消すという信じられない暴挙を行いました。
4年前の静岡地裁の村山判決は、犯行着衣とされた白半そでシャツに付着した血液がDNA鑑定によって、袴田さんのものではないことを認めました。また、1年2ケ月も味噌の中に浸かっていたという「5点の衣類」の色が不自然なことを指摘し、警察によるねつ造の可能性まで言及しました。しかしながら、東京高裁の決定はこれらの証拠をまともに検証することなく、弁護団の主張を排除し、一方的に検察の主張だけを認める不当なものです。
高裁決定では筑波大学本田教授の鑑定手法をことさら問題にして「独自の手法で疑問がある」として、本田教授が、40年以上も前の古い試料から何とか真相を究明しようとした結果にはケチをつけ、「やり方に疑問がある」いうだけで本田鑑定そのものを否定しました。「5点の衣類」の色の不自然な白さについては、「40年経って写真が劣化や退色で色が変わった」と訳の分からない説明で村山判決とは真逆の決定をしました。
高裁に審理が移った4年間、新たに袴田さんの無実を確信するいくつかの新証拠も明らかになりました。開示された録音テープによって取調室で排尿させるなど違法な取調べの実態が明らかになりました。これに対しては、取り調べの異常さを認め「供述の任意性、信用性に疑問」と言いながら、『疑わしきは被告人の利益に』という刑事裁判の鉄則を再審にも適用するとした「白鳥決定」から逸脱し、そればかりか検察の側に肩入れし、「捜査機関が5点の衣類を捏造する動機がない」「自白と矛盾する捏造を警察がするとは考え難い」と勝手な思い込みで、検察を弁護さえしています。違法な取調べの結果の自白であって、自白の信用性はないはずです。
私たちはこの決定を聞き、時間が40年以上も引き戻されたような驚きを禁じえません。深い悲しみとともに、言い知れぬ怒りがこみ上げてきます。48年間、死と隣合わせの独房で、ひたすら無実を訴えても届かなかった袴田さんの心情を少しは察することが出来ました。
確定判決の中でも有力な証拠とされた『専務に蹴られたすねの傷』が逮捕時の全ての記録にないことも、『はけないズボン』が何故はけないのかも検察はわかっています。「ない」ものを「あった」とウソをつき、ズボンの色をサイズだとウソをつき、その検察のウソを裁判所が認めたのが東京高裁大島決定です。大島裁判長は、致命的な過ちを犯しました。
決定後、マスコミの論調も「再審開始、真相究明」で一致し、怒れる市民から私たちの会への激励も後を絶ちません。今後、半世紀を超える裁判の行方は最高裁に移ります。再審無罪への道のりはさらに険しい茨の道ですが、私たちは、不当決定にめげずに一歩を踏み出しました。無実の人が死刑になることは絶対に止めなければなりません。袴田巌さんは生き続けることが闘いです。勝利の日まで、今後も皆さんの温かいご支援をよろしくお願いします。
2018年6月14日
浜松 袴田巌さんを救う市民の会