天皇代替りで消せない強制動員慰謝料請求権
■ 強制動員慰謝料請求権の確定
二〇一八年一〇月三〇日、韓国大法院は強制動員された元日本製鉄徴用工への損害賠償を命じた。大法院は強制動員を、日本の植民地支配や侵略戦争の遂行に直結した日本企業の反人道的不法行為とし、強制動員被害者の慰謝料請求権を認め、確定させたのである。この権利は、強制動員慰謝料請求権と略される。さらに一一月二九日、大法院は三菱広島の元徴用工、三菱名古屋の元女子勤労挺身隊員についても同様の判決をくだした。
判決では、被害者の請求権を未払賃金の請求権ではなく、不法な強制動員被害への慰謝料請求権であるとした。日韓請求権協定については両国の民事的な債権債務関係を解決するものとし、不法行為に対する請求権は日韓請求権協定の適用対象には含まれないとした。
判決は、強制動員被害者個人の強制動員企業に対する賠償請求権を認め、強制動員企業の法的責任を明示した。また、日韓請求権協定(一九六五年体制)では、不法行為としての強制動員への賠償が未解決であることを示すものだった。それは、被害の尊厳回復を求めて活動してきた人びとの行動を正義とするものであり、画期的な判決だった。
■ 日本政府の対応の問題点
日本製鉄元徴用工判決直後の一一月一日、安倍首相は衆議院予算委員会で、日鉄裁判の原告四名はいずれも募集に応じたとし、元徴用工を「旧朝鮮半島出身労働者」と言い換えた。また、一九六五年の日韓請求権協定によって、完全かつ最終的に解決し、判決は国際法に照らせば、ありえない判断とみなし、国際裁判も含めあらゆる選択肢も視野に入れて毅然として対応すると発言した。
だが、一一月一四日の衆議院外務委員会の質疑で外務省は、請求権協定では個人の請求権は消滅せず、請求権協定上での財産、権利及び利益とは財産的価値を認められる全ての種類の実体的権利であり、慰謝料等の請求は財産的権利に該当しないことを認めた。質疑では被害者個人の慰謝料請求権が日韓請求権協定には含まれないことが明らかにされたのである。韓国大法院判決は、ありえる判断なのである。
安倍首相は「旧朝鮮半島出身労働者」としたが、一九四三年末の軍需会社法によって翌年一月に日本製鉄も軍需会社に指定された。そのため日本製鉄に動員された朝鮮人は現場で軍需徴用された。かれらは徴用工である。
■ 韓国併合不法論への反発
『でっちあげの徴用工問題』(西岡力)は、強制動員慰謝料請求権の確定に反発して記されたものであり、主な主張は以下である。
大法院判決には日本統治を当初から不法とする奇怪な観念(日本統治不法論)がある。朝鮮人戦時労働者は合法であり、強制連行や奴隷労働ではなかった。日本統治不法論によって反人道的不法行為に化ける。これを認めたら、日本統治時代のあらゆる政策が不法とされ、無限の慰謝料請求がなされかねない。日韓関係の根本を揺るがす危険な論理である。
日韓請求権協定により、請求権に関しては今後いかなる主張もなしえないとされた。日本からの経済協力金で韓国は高度成長した。韓国の民官共同委員会(二〇〇五年)は、三億ドルの経済協力金に強制動員被害補償解決の性格の資金等が包括的に勘案されているとし、韓国政府は個人補償もした。
日本企業がこの不当判決を認めず、原告との協議に応じないという毅然たる姿勢を貫けば、困るのは韓国の原告と支援者である。かれらは巨額の基金を持つ財団をつくり、原告以外にも補償しようとしている。企業を守る体制を官民挙げて作る必要がある。
韓国併合一〇〇年日韓知識人共同声明をすすめ、日本統治不法論を提供し、裁判を支援した日本人がいたが、それが日韓関係を悪化させた。戦時動員は強制連行ではない、戦後補償は請求権協定で終わっているという国際広報を官民が協力しておこなうべきである。
このように、植民地支配も労務動員も合法であり、日韓請求権協定で解決済みである、企業は判決に応じるな、国際的に広報して対抗しようと主張している。
■ 「でっちあげ」の強制連行否定
この本では、統計や証言から、朝鮮人は内地で働きたがっていたのであり、無理やり連行したのではない、かれらは統制に従わず、逃亡し、勝手に就労したとし、強制連行や奴隷労働はなかったとする。たとえば証言の分析では、鄭忠海『朝鮮人徴用工の手記』をあげ、東洋工業に徴用されたが、高給であり、衣食住もよく、逢引もできたとし、強制連行や奴隷労働ではなかった事例としている。だが、鄭氏の手記には次のように記されている。
〔動員される釜山港〕「今の我々の姿は何かの映画で見た、奴隷市場で売買される奴隷の姿に似ている」。〔玄界灘〕「よその国家と民族のため強制的に動員されていく身の上、弱小民族の悲哀」。〔東洋工業〕「強制的に引っ張られて来た人々が大部分ではないか」「徴用というよからぬ名目で動員されてきて、作業服をまとい奴隷のような扱いを受けていても、故国では優れた紳士たちだ」。〔原爆投下後〕「多くの不幸な人々の中には、強制的に連れてこられて彼らの手足になって血の汗を流し、苦役をして不幸にも死んでいく、凄惨な負傷を負った我々の同胞たちがどれほどいるのだろうか」。〔帰国〕「日本に強制的に連れて行かれ、苦役に従事した我々同胞が続々帰国している」。
このように手記には、徴用により強制的に連れてこられ、奴隷のように苦役に従事したと記されている。その記述を無視し、鄭氏の記録を強制連行や奴隷労働を否定する材料としている。統計分析では、官斡旋や徴用が「かなり強制力の強い動員」であったことを認めながら、逃亡が多く動員は失敗したから、強制連行はなかったとする。
本の最後には「事実に基づかない議論は百害あって一利なし」と結論が記されているが、その指摘はこの本での鄭氏の手記分析にあてはまるものだ。強制連行否定のための歪曲、「でっちあげ」である。
■隠蔽された朝鮮人撲殺事件
強制労働の実態を知るために、北海道炭礦汽船の資料から事件をひとつ紹介しておこう。
一九四四年五月、北炭の平和炭鉱真谷地坑から朝鮮人岩城在祥、岩城恵鎬、金本仙徳の三人が逃亡した。三人は一九四三年九月に慶尚南道梁山郡から連行された。発見されて格闘になり、岩城在祥(二二歳)は棒切れで前額を殴られ、病院で死亡した。金本仙徳は捕えられ、岩城恵鎬は逃げた。
北炭は死因を秘匿し、国元へは逃走中に山中で負傷し、加療中に心臓麻痺を併発したと伝えた。捕らえた金本は口封じのため、警察に留置、機会を見て北方へと送ることにした。照会があった際、警察には同一歩調を取るよう連絡した。
動員された朝鮮人の名簿には、岩城在龍、岩城眞鎬、金本千徳と記され、ともに梁山郡熊上面出身である。岩城在龍の遺族は事実を知っているのだろうか。岩城眞鎬と金本千徳はその後、どう生きたのか。三人の記録は日本に連行された八〇万人に及ぶ人びとの歴史の一端である。動員された側からの歴史が大切である。
■植民地責任をとり、東アジアの平和を
国際法の解釈は人権中心となり、戦争被害者の尊厳の回復は大きな課題となった。条約や協定が尊厳の回復、正義の実現の妨げになっているならば、それを超える道を考えることが重要とされる。今回の大法院判決はこのような国際法理解の流れのなかで生まれた。強制動員慰謝料請求権の確定を人類史の成果として評価すべきである。それは日韓の友好やその基盤を破壊するものではない。日韓の新しい友好関係は日本が植民地支配の責任をとることからはじまる。過去を清算すること、強制動員問題をはじめ植民地責任をとろうとする真摯な取り組みが、信頼を生み、北東アジアの平和と人権への構築につながる。
戦時の強制労働については、すでに日本の裁判で日本製鉄や三菱重工業での強制労働の事実を認定している。国際的には一九九九年に強制労働を禁止するILO二九号条約違反が認定されている。しかし日本政府は、植民地支配の不法性を認めず、戦時の朝鮮人強制労働の事実についても認めてこなかった。それを認知するときである。関係する日本企業も強制労働の事実を認知し、賠償に応じ、被害者との和解をすすめるべきである。日韓政府とともに包括的解決にむけて、共同で財団を設立し、賠償基金を設立することも求められる。
天皇代替りで新時代が来たかのような宣伝がなされている。だが、元号を変えても時代は変わらない。過去を清算し、新たな人権と平和の枠組みを提示することが、時代を変える。強制動員慰謝料請求権の確定は、その好機である。