6・18浜松大空襲と平和憲法を心に刻む集会開催
2024年6月18日、浜松市の遠州教会で浜松大空襲と平和憲法を心に刻む集会が開催され、15人が参加した。
集会では竹内康人「証言から学ぶ浜松大空襲」、水戸潔「現在の軍拡と平和を考える」の発題がなされた。
竹内「証言から学ぶ浜松大空襲」では1945年になっての空襲での被害状況が証言構成によって示された。
2月16・17日の三方原の飛行場への空襲では、若い兵隊の死体がそこここに散乱し、手首や足が松や桜の枝にぶら下がり、防空壕への至近弾を受けた兵士は風圧や土圧で眼球が飛び出し、鼻血を噴き出して多くが死んでいた。
4月30日の市内の軍需工場を狙った空襲では、馬込川に逃げる途中、いとこが心臓を破片が貫通して即死、叔父は破片が手に入り血だらけ、仲良しの幸ちゃんの死を聞いても何の感情もわかず、人が人でなくなった、人として一番大切なものを失ったように思ったという。
5月19日の市内の軍需工場を狙った空襲では、駅南の砂山の米穀配給所の防空壕が直撃を受け、父は白髪の混じった頭から首、両肩の上部の皮膚と肉の塊になった。現場には砂にまみれた土と肉の塊が散在していた。
6月18日の市の中心部を狙った焼夷弾攻撃では、炎は怒り狂って天を衝き、焼けたトタンが悲鳴に似たすごい音を立てて舞い上がり飛んでいた。焼夷弾はまるでの火の槍のようであり、幾多の人間の四肢が飛び散った。黒焦げで男女の識別すらできない死体、防火用水に頭を突っ込み、体をへし折って死んだ人もいた。
7月29日の軍需工場と軍事基地を狙った艦砲射撃では、シュルシュルシュル、ドッカーンと至近弾の響きに心臓が飛び出しそうな恐怖だった。東海道線の客車は鉄の棺桶となり、水をと言ってガクッと体を折る人、顎をもぎ取られ喉で何かを言おうと喘ぐ人、片足を失い動かない人、屋根は飛び、窓は四散し、座席には鮮血と共に肉片がへばりついていた。
この報告では、戦争被害を亡くなった一人ひとりの命の地平からとらえなおし、空襲の歴史を心に刻むこと、被害、加害、抵抗の歴史を学ぶとともに戦争責任、植民地責任を追及すべきであること、平和の獲得のためには、いますすむ戦争の準備に抵抗する必要があることなどが呼びかけられた。
水戸「現在の軍拡と平和を考える」では、6・18空襲で妻の母親が防空壕の外で焼夷弾を受け黒焦げになった体験をふまえ、現在の軍拡の状況を示しつつ、憲法9条を基調とした絶対非戦の可能性が提起された。
報告では、現在、日本では軍事予算の増額がすすみ、2023年度から27年度での5年間で軍事費が総額43兆円となった。世界の軍事費をみれば、アメリカは年144兆円、日本の防衛費の16倍である。ウクライナは10兆円を投じGDP比の36%に及ぶ。日本政府は昨年末、防衛3文書を改訂して敵基地攻撃を認め、改憲をおこなおうとしている。これに対し、憲法9条の理念をふまえ、弱者を守るという観点で、絶対非戦、非暴力による抵抗の思想と運動をすすめるべきことが訴えられた。
これらの問題提起を受け、意見交換がなされた。そこでつぎのような意見が出された。子どもに平和教育が必要だが、大人が知らないという状態に問題がある。物事を歴史的に見ることができずに危機を煽られるとそれをスーッと受け入れている。一人でも戦争とその準備に反対し続けることが大切。今日一日をどう生きるかに追われ、不安な日々を送っているようであり、理屈抜きで恐怖が入り込みやすい状況だと思う。将来を選ぶ力が求められるし、学び続け、抗う力をえたい。
ひとりでも!抗う!その力を!という思いを分かち、集会は終った。 (t)