浜北区根堅の「ともちゃん地蔵」

 2025年3月11日の夜、浜松駅の南口で偶然、「ヒロシマへ ヒロシマから」通信の竹内さん、佐藤さんと出会った。明日、「ともちゃん地蔵」を見に行くという。調べてみると、浜北区の根堅にある佐藤幼稚園の野外活動広場(冒険広場)の入口に「ともちゃん地蔵」がある。

この地蔵の由来はつぎのようである。増田昭一『満州の星くずと散った子供たちの遺書』に「ともちゃんのおへそ」の話がある。それは増田昭一原著、杉山春著、みねだとしゆきイラストで『ともちゃんのおへそ』という絵本になった。内容は日本敗戦後、満州の難民収容所で餓死した3歳の孤児の話である。ともちゃんは「お母さんに会いたい時はおへそを見なさい。きっとお母さんの顔が見えるでしょう」と言って亡くなった母を想い、墓の前でおへそを眺めた。しかし、ともちゃんはおへそを見るように体を曲げて餓死したという。

この物語に共感した人たちが「ともちゃん地蔵」を制作した。冒険広場入口の像は佐藤幼稚園の山本雅乙元園長が愛知の彫刻家から譲り受けたものである。ともちゃん地蔵は、箱根町、さいたま市、東京・六本木にもある。

佐藤幼稚園の教育方針には、「幼児教育で最も大切なことは、“こころ”の教育だと思います。美しい場面や嬉しいこと、悲しいこと、素晴らしいことに出合ったら、心が揺れ動く人間になって欲しい。」「絵を描いたり物を作ったり、歌を歌ったり、音楽に合わせて踊る等、子どもは表現遊びが大好きです。楽しみながら、自分が感じた事を体や手先を使って表現していく事を通して、美しいものや素敵な事を感じることが出来る豊かな感性が磨かれていきます。」「子どもの持っている“好奇心”や“探究心”や“考えようとする力”を上手に刺激するような「知的活動」にも力を入れています。」「野外に出ると、虫や小さな生き物、草花との出合いが増え、自然と触れ合うとてもよい機会になります。」とある。

冒険広場の入口には「花や草のそばで話しをしよう。うんとやさしくなれるよ」と記されていた。「心が揺れ動く人間」とは利他の境地を持つ主体であると言うこともできるだろう。それは現代の利己的な権力欲に支配された政治とは対局の心性であるように思った。静岡県からも満洲へに移民が送られたが、ともちゃん地蔵はその歴史を語り継いでいるようでもあった。

参考「戦後78年 ともちゃん地蔵 浜北区にも安置 」中日新聞2023年8月16日記事、「ヒロシマへ ヒロシマから」通信3076号、3270号。             (竹)