金沢護国神社にある「大東亜聖戦大碑」を先日、たまたま見る機会があった。本当に「たまたま」であり、まったく意識せずに見つけてしまったためしばし唖然としてその碑を見つめていた。

 こんな碑が建てられているなどとは知らなかったし、それもごく近年(2000年)であることなど知る由もなかった。言わば、引き寄せられるようにそこへ出向いて行ったようなものだった。その巨大な石碑の裏には多くの人々の名前が刻まれており、建立した「大東亜聖戦大碑護持会」なる団体の説明文が刻まれていた。
 その中に書かれていた「我々として敬仰顕彰したい部隊名や氏名を追加して掲げた」の文章に相当な違和感を覚えた。
   

 このような碑を建てること自体に違和感はもちろん あるのだが、それに加えてのこの文章には背筋が凍 る思いがした。追加して碑に記された部隊名の中に沖縄のひめゆり部隊の名前さえ含まれていたからだ。かれらによって、一方的にかつ強引にその碑の建立に賛同したかのように付け加えられてしまった人々の心中はいかなるものだろうか・・・。すでに故人となってしまった人たちがほとんどであり、反論さえも出来ない状況でのまったくの暴挙である。

 さらに、その碑の横にはあの小林よしのりが参拝記念に植えたという樹があり、ご丁寧にその旨を記した石碑まで建っている。もはや、何をか言わんやである。かれの右翼性はすでに周知の事実だが、こうしたハレンチな行為を平然と行った跡を見るのは吐き気をもよおすほどであった。

 静岡県は国体の開催の為に多くの金を使い、天皇を呼び寄せ、学生・生徒を大動員して天皇制を日常の中に持ち込んで来た。国家を牛耳る者たちが天皇制を必要としていること、それも旧来の天皇制を変型させた形で存続させることを狙っていることは明白である。そのお先棒かつぎをしているのがこのような碑を建てたりする団体・個人である。

 こうした動向はおそらくあちこちで起こっているのであろう。あまり形として見えて来ない天皇制であるが、これを打破することは国家の根底をくつがえすことにも等しいことであろう。いわゆる「国民感情」として天皇の存在は認められているかに見えるが、実際には国民の中に根拠あるものとしては存在していない。茫漠とした形で存続することこそ、支配者達が望んでいることであろう。かつてのように天皇制を全面に出した支配構造を作り出すことは望んでいないといえよう。

 それゆえに天皇制は見えにくいものとしてあるが、結局は日本国家の表皮となるものであることは間違いない。しばらく、天皇制を考えることなど少なかった自分だがこの碑に巡り会ったことと国体の静岡県開催 が重なったことで必然的にまた引き寄せられて来ている思いを持った。
                                    (simizu記)

金沢の旅 「大東亜聖戦大碑」