廃 院 生駒 孝子
人の気配が絶えて間もない
産院の庭にその朝は来た
ショベルカーの大きな掌の中に
桜の赤味を帯びた枝が沈んでいる
春を握りしめたまま、桜は逝ってしまった
若葉薫る頃、
嬰児をおそるおそる抱いた若い母親が
葉陰で父親の迎えを待っていた
あの桜たちは、いくつの笑顔を
記憶していただろう
娘を身籠ったと告げられた日、
桜も満開に咲き誇っていた
思いもかけぬ二十二回目の春は
訪れなかった
いつか娘の春を満開の思いで
迎えたい
小さな掌を合わせて
散り逝く春を見送る