「伸びゆく浜松」
市制百周年の記念に
生駒孝子
「伸びゆく浜松」そう名付けられた彫刻の前に、
その人は住んでいた
まろやかな黄土色と穏やかな翡翠色に彩られた
故郷の湖は、あなたに命の営みを伝えただろうか
町の標は仲間と過ごす喜びを与えただろうか
物づくりの町はあなたを部品の中に組み込もうと
しなかっただろうか
ダンボールで囲んだささやかな彼の城は、
今はもうそこにない
「生きる喜びを感じとって欲しい」と刻まれた、
その彫刻の懐であなたは何を思っていただろう
人々が忙しく行き交うバスターミナルの地下
私が目で追うのは、彫刻の終わった先の片隅
煤けて黒ずんだ白壁
磨かれることのない、暮らしが滲み出た一畳
ばかりの大理石の床
あなたの存在が感じられるその場所
平成運転手事情
生駒 孝子
「さあ、もうひと仕事!」と声をかけて
トラックを降りる。
「休憩状態です」デジタコの音声が追いかけてくる
「だって今ボタン押さなきゃ一時間の休憩とれないもん」
デジタコに言い訳しながら荷台を開ける
制服、制帽、安全靴 熱中症で倒れても
「地球の健康を守り、アイドリングストップやってます」
トラック運転手もサラリーマンの時代なのだ
そうは言ってもやはり空腹には勝てない
「渋滞に入るから、昼ご飯にするね」と言えば、電話の向こうから
「お前も雲助だな」と同僚が笑う
ワンマンの運転手は意外と人懐こいものだ
顔が合えばひとしきり愚痴もでる
「いやになちゃうね、荷物増えても、作業増えても、
割り当て時間は変わらないしさあ。運賃は増えるどころか
減らされるし」
「こんな仕事は馬鹿じゃできないが、あんまり利口な奴にも
できないよ、馬鹿らしくてさ」そう言って先輩が胸を張る
彼は手で杯の形をつくり、「これが一番の楽しみさ」と
空の杯を飲み干す
「先輩、飲酒検査気をつけてくださいよ」