出雲崎から           生駒孝子

 

息子の結婚が決まり、お嫁さんの実家にご挨拶に向かう

GWに入ったというのに、新幹線の車窓に映る越後湯沢は名残の雪が眩しい

 

長岡まで出迎えてくれたお嫁さんの運転で、郊外へと進んでいく

「ここが家から一番近いコンビニで、夜はスナックにもなるんですよ」

そこから更に十五分、山と海とに挟まれた集落が姿を現す

 

車がやっとすれ違える小さな町並みは、三十年前にタイムスリップしたかのようだ

家々は大きな長屋のように一直線に揃えられ、家と家の間はほとんど隙間がない

目前に広がる日本海から叩きつけられる厳しい風に、集落全体で耐える為なのだそうだ

 

出迎えを受けて案内された仏間は敷居を跨いですぐの、剥き出しの梁が美しい部屋だった

飴色の柱の織り成す空間に感嘆の声を上げると、家主が「いやー寒いだけですよ」といいながら暖地から訪れた身を心配してくれる

 

帰り際町の唯一の観光施設だという「天領の里」に案内された

その町並みには不似合いなほどの立派の施設だったが、客の少なさが祝い酒に酔った目にもちくりと沁みた

 

新潟出身の知人に「お嫁さんの実家は出雲崎でね、」と新潟行の報告をすれば「ああ好い所だよ、とっても景色が良くて魚が美味しくてね。そうそう原発

から十キロくらいのとこだよ」とにこやかな返事が返ってくる

その瞬間、私は自分の顔に僅かなこわばりを覚えたことを見逃さなかった

 

泊原発の地元中学生の叫びは、私にはまだ他人事だったのだ

「私はお母さんになれますか?」

ハナミズキ           生駒孝子

 

いつの頃からか、長期の休暇に入る度に私は熱を出して寝込むようになった

床を延べると、ハナミズキの木を窓越しに眺められるリビングが私のお気に入りだった

葉に切り取られた空から、キラキラ光が降って私の身体に満ちた

 

いつもGWに白い花が小豆色の外壁に映えるこの木も、今年はまだ咲く気配がない

昨年台風による塩害で、ニ度も葉を落とした所為だろう

白いレースのカーテンが、初夏の薫りを纏った風を葉陰から連れてくる

 

まだ裸木が寒風に震える頃、TVで放映された二年後のフクシマ

原発から三十数キロ、二重生活に喘ぐ男性のインタビュー

「裏山からの水源は放射線量が高く生活できない でも住宅は基準値内だから保障は出ない」

 

我が家は浜岡原発から四十数キロ 二重ローンに耐える力が私にはない

御用学者の先生は、荒唐無稽と笑うだろうか

私は家を売ろうと決めたのだ

 

ハナミズキは夕暮れの風に心細げに葉を小刻みに震わせる

彼と離れて私はどこで横たわればよいのだろう

 

ハマオカと呼ばれる日、あの白い花はそのままの姿で咲くだろうか

 

もう梅雨入りも告げられた

あなたを置き去りにする私に、それでも惜別の花を見せてもらえないだろうか