悼 歌U(二○○七・七・九に

  

   殴り返せ!やられたのなら

   切れて、切れて、

   つばを飛ばし、自分にも同僚にも上司にも、

   あざを作り、血のひとつも流し、

   あまりに無様なおのれの様に嫌悪を催そうとも、

   …あなたが生きている、そのことほどに

   どれだけ大切なことが、ある?

 

泣いて?

   呻いて?

   みっともなくていい、あなた、抱きしめるから

   いっしょに嘆くから

   今、手をのばすから

   だから、

   おいて、行かないで

みんなを

 

   殴り返せ!やられたのなら

   切れて、切れて、

   つばを飛ばし、自分にも同僚にも上司にも、

   あざを作り、血のひとつも流し、

   あまりに無様なおのれの様に嫌悪を催そうとも、

 

   ああ、あなたが生きている、そのことほどに

   どれだけ大切なことが、ある?

 

二○○七・七・十二)

鉄道とわたし      



    わたしが生まれた冬の日の朝、

    列車は高らかに警笛を鳴らして

その踏切を走り抜けていった

東海道本線、浜松駅まであと4キロ 


つくしを取ろうよ、お祖母ちゃん

線路のあそこにもここにも、

つくしは芽生えている

乳母車にいっぱいね

でもまだ採りきれない、春の日の下

 

今度の列車は静かに走ってくるよ、

近くに来るまで分からないのだから

線路で遊んじゃいけないよ

線路の向こうへは行っちゃいけないよ

たくま、まゆみ、まなぶ、

母が呼ぶ

    そう、線路の響きも警笛も、

そっと、少し、音を変えた


列車はどこから来るの

どこへ行くの

浜松、東京、大阪、

それは地球の果ての、果ての、

わたしの一生のうちにはきっと

行き着くことができない町の名前だった 


母の実家へ行く、

踏み切りを越える、

踏み切り番の小父さんは親戚の小父さん

生まれた家を離れる、

父の実家を訪れる

あの踏み切りを越える

そして家を建ててまた近くへ戻る

列車は走る

東海道本線、浜松駅まであと4キロ


わたしの生まれた所は今では線路の下

踏み切りはなくなり、警笛も鳴らない

お祖母ちゃんは往ってしまった

踏み切り番の小父さんもとうにいない


わたしは浜松にも東京にも

大阪にも行き着いて、

このあいだ踏み切り番の小父さんの

息子が母を尋ねて来た 


ととん と とん、列車は今も走る

東海道本線、浜松駅まであと4キロ

(二○○七・六・二)


惜  別     

    わたしが旅に向かう傍らに

    あなたはいつもいたのだと思う、今は

    まだ日常からは離れ切れず、

    でも予感にときめき始めた、そんな時間のはざまに


    ふいに眼に映るヘルメットの黄色

手を休め、走り過ぎるわたしを

(いいえ、列車を)見上げ、

見送った、あなたと仲間たち

   (列車が通り過ぎたらあなたたちは

もう一度仕事を始めるのだ)


わたしが旅から戻る際にも

    あなたはいたのだと思う、今なら

だれもいないはずの夜の中、

でも遠くに灯のほの見える、そんな世界のひとひらに


そのあなたを、

わたしに親しいはずの列車が

いとも簡単に消していく?

なぜ?

    なぜ?

    なぜ、そんなことを?

    問うても問うても、問うても…答えが返らない

    列車は今、わたしの傍を通り過ぎていく

    車窓の下にあなたの影がないので

    わたしは旅に出る術を見つけられない 


    でも、そう、いつか、

    両手に抱えきれないほどの、

    光に乱舞する花びらの…

    抱きしめれば、

    その香りがあなたのもとへ届くほどの…

花を贈ろう、そうすれば

道も再び見つかるだろう


    だから今はただ伏して、

伏してひとくきの白い花を

あなたに

(中村実さんに   二○○七・一・十九)

会  計  係        

  

君がいたから今日はうまく計算できたなんて

    言わないでよ、今わたしは何をしたの?

    足し算しているあなたの横から口を出して、

    足しちゃいけないところを足そうとしたんじゃないの

    それであなたは混乱したくせに

 

    会計係は苦手なんだって、本当にそのとおりね

    同じ数を数えているのになんで、二人の答えがちがっているの?

  (おまけにどっちもまちがってる!)

    笑っちゃうわ、あなた、ねぇ、あなた、

    計算のできない二人が会計係だなんて、

    今回は赤字、その前は黒字

    次回はピンクがいいかい、それとも黄色がいいの、

    毎回毎回めくるめくカラーリング

    そんなになること請合いよねぇ!

 

    君がいたから今日はうまく計算できたなんて

    そのくせ千円足りないからちょっと出しとくなんて、

    あなた、あなた、ねぇあなた、

    仲間はさざめく、笑いが渦巻いている

    わたしはいい気になってちょっと色っぽくなる

 

    君がいたから今日はうまく計算できたなんてあなたが言うから、ねぇ?

    君がいたから今日はうまく計算できたなんてあなたが言うから、ねぇ?

 

(2007.7.18)

慟   哭        

 

     だって、泣いちゃうんだろう

     あの子に会ったら

     だから、忙しいなんて言って

     冷たい瞳をして背を向ける

     でも、泣いちゃうんだろう

     あの子に会ったら

     あの子の時間がもうないなんて、

     泣いてしまったら言うも同じ

     だから、忙しいなんて言って

     冷たい瞳をして背を向ける

 

     でもね、

     会わなくちゃいけない

     あの子はあんたに言いたがってる

     またね、また来てね、また会いましょう、会えるよね、

     何気ない囁きの底に“さよなら”の意味が

潜んでいるとしても、

 

     会わなくちゃいけない

     あの子はあんたに言いたがってる

     未来を繋ぐそんなことばを

     あんたに言うことができたなら

     あの子は穏やかに夕暮れを迎えるさ

 

     泣くのなら

     その肩抱き寄せていっしょに泣くよ

     あの子のいない部屋の片隅で

              酒を飲んだくれるのにもつきあうさ

     眼を腫らし、声を嗄らし、

     もはや立ち上がることすらできなくなったなら、

     膝を抱えて夏の闇に沈もう

     深く深く沈んで、

     流し放題に流した涙にまみれて眠ったら…

 

     あの子のところに行こう

     あの子に会いに行こう

     何だ、元気なんじゃんて笑いかけよう

何だ、元気なんじゃんて笑いかけよう

何だ、元気なんじゃんて笑いかけよう

 

 

(だって、泣いちゃうんだろう

     あの子に会ったら

     だから、忙しいなんて言って

     冷たい瞳をして背を向ける

     でも、泣いちゃうんだろう

     あの子に会ったら

     あの子の時間がもうないなんて、

     泣いてしまったら言うも同じ

     だから、忙しいなんて言って

     冷たい瞳をして背を向ける…)

 

     いいや、あの子はそりゃあ知ってるさ

     あんたがほんとは熱いやつなんだって

    

(2007.7.18)