夜(1)

地引 浩

夜と霧が進路を包んでいる 

車窓に流れる 人々の営みも

ささやかな望みも 良心のかけらも

深くふかく藍色の闇に沈んで

輪郭のない影だけを揺らしている

速度制限のため電車が遅れます

車掌の放送が繰り返され

残業のくびきから解かれたはずの乗客に

苛立ちと諦めが交錯する

ケイタイを取り出した女学生が

ガラス越しに 霞んだ光を追い

車窓に映る疲れた顔に

蒼白いため息をつく

愛国という亡霊が踊りだし

国防軍の日の丸が翻り

住みかを追われた人々が徘徊する

この国の闇が車窓に走る

夜と霧が進路を包んでいる

(2006.12.12)

夜(2)

 

すぐ そこに

夜が来ているとしても

語り続けたい いつものように

自由や平等や

民主主義の歴史について

 

すぐ そこに

夜が来ているとしても

伝え続けたい 変わることなく

平和や人権や

命の大切さについて

 

すぐ そこに

夜が来ているとしても

歌い続けたい 声の限りに

希望や労働や

人を愛することについて

(2006.12.28)

友に

 

ほら

あなたが働いていた建物に

虹が立っている

 

その橋を

あなたは渡りかけていて

手を振っている

ぼくも手を振りながら

腰が直ったら温泉にでも行こうか と

合図を送る

あなたはニコニコして

そのうちにね と

言ったのだろうか

 

ああ

虹が消えていく

(2007.5.31)

私と自分と

― 七・八小田原駅事故の君に ―地引  浩

私を離れて動き出そうとする自分がいる

どちらも私に違いないのだが

どちらが本当の私なのか

私にはわからない


 私にも希望があった頃があった

 通過する列車を一輌ごと数えながら

 いつのまにか自分も運転席にいた

信号ヨシ!  踏切ヨシ!

 雑誌で憶えた指差唱呼をまねて

いつか きっと と決めていた

ホームに立っている私を見つめている自分がいる

下の線路に飛び降りようとする私を

押し留めようとする自分がいて

バランスをくずした私がいる

 

私は確かに疲れていた

 日々積み増していく仕事は私を追いかけ

落伍者になれない私は残業をしていた

 報告ヨシ!  送信ヨシ!

運転席にいるはずの私がJRのオフィスにいて

 連日二三時以降の帰宅になった

転倒して汚れたスーツを別の自分が非難する

ひとつ線路を越えて砕石を踏む

次のレールに躓きそうになる私を

苦笑いしている自分がいる

新幹線は格好良かった

こだまもひかりものぞみも大好きだった

風よりも速く走り夢だって運んだ

のぞみを抱きしめに私は来た

のぞみが私をあのJRから解放してくれる

線路に立っている私を見つめている自分がいる

まっすぐ遠くを見つめている私がいる

もうすぐ矢のようにのぞみが来る

私の のぞみが来る

私は間違っていたか

ただ仕事が多すぎただけだ

ただやりたかった仕事が違っただけだ

だけど もうすぐのぞみが来る

レールにのぞみの振動が聞こえた

四散する私の肉体を別の自分が見ていた
                            (2007.7.13)

野菊のころ

Mさんを偲ぶ

 

両手を拡げて

風をいっぱい吸いこもう

そして あなたに

野菊の薄紫を

胸いっぱい あげよう

少しでも

呼吸が できるように

 

背を伸ばして

風をいっぱい吸いこもう

そして あなたの

野菊の道辺を

もっともっと 歩みたい

あなたの

車椅子を 押しながら

 

頭をあげて

風をいっぱい吸いこもう

そして あなたと

野菊の咲くころを

こころ深く 刻みこむ

いつまでも

あなたを 思い出すように

(2007.9.22)

 

 

空色の定期便

地引 浩

 

私たちは知っている

クウェートからの空色の定期便のことを

 

私たちは知っている

定期便から降りてくるアメリカの兵士たちを

 

私たちは知っている

定期便が運ぶミサイルや弾薬のことを

 

私たちは知っている

定期便がアメリカ軍に指揮されていることを

 

私たちは知っている

定期便についている赤い太陽のマークを

 

私たちは知っている

ニッポン軍の輸送機が空色に塗られていることを

 

私たちは知っている

かってニッポンがアラブの友人だったことを

 

私たちは知っている

ニッポンがアメリカの属国になったことを

 

私たちは知っている

ニッポンの人道・復興支援というウソを

 

私たちは知っている

空色の定期便がいつか火になって墜ちることを

 

私たちは知っている

ニッポン人が空色の定期便を忘れていることを

(2007.11.20)

平成老舗事情

地引 浩

 

現場が 現場が

現場が 現場

みんな現場の独断で

ラベル貼り替え うそ表示

老舗の暖簾 傷つけた

 

社長 社長

専務よ 専務

なんで現場のせいにする

安い手当てで 働いて

アホな老舗の 尻ぬぐい

 

現場が 現場が

現場が 現場

そんな指示はしていない

味がいのちで 信用第一

老舗の暖簾 しょっている

 

社長 社長

専務よ 専務

たかがパートと見くびるな

作りたての おいしさで

お客の笑顔 見ていたい

 

現場が 現場が

現場が 現場

なんでいまさら告発騒ぎ

会社つぶして なんになる

名誉毀損で 訴える

 

社長 社長

専務よ 専務

どうして重ねる悪あがき

お客ダマして 金儲け

老舗の暖簾 笑っちゃう

(2007.11.18)

街のすみれ

地引 浩

街のすみれは

 車道と歩道を隔てるブロック脇に咲きます

街のすみれは

 塀と敷石の隙間にも咲きます

街のすみれは

 車や人に踏まれないように咲きます

街のすみれは

 排気ガスや酸性雨にも負けずに咲きます

街のすみれは

 なんでそんな所に というとこに咲きます

 

街のすみれを

 ぼくは大好きです

街のすみれを

 きょうも探しに出かけます

(2008.4.10)