名前           生駒孝子

 

  父の三回忌法要の帰り道、ラジオからアイコ、アイコと

  名前が繰り返し聞こえてきた

 

  あれは自分の名前の由来を調べるという宿題が出された時のこと

  だったろうか

 

  「私の名前、アイコがよかったな」

  唇をぴゅっと、尖らせて父に拗ねてみせた

  かわいい響きの名前がよかったのだ

  父は「おバアちゃんになったら、アイコじゃ照れくさいだろ、

  タカコバアちゃんならピッタリだ」とにやりと笑ってみせた

 

  父はアキラじいちゃんになり、会話も満足に出来なくなっていった

  日に日に父の見舞いは、気の重い仕事になった

  「父さんやだなあ、タカコだよ、掃除のおばさんじゃないよ」そう

  いって冷やかす声ほどに、笑顔は作れないものだった

 

  父が他界した年、知人が「空襲の歴史と死亡者名簿」を本にまとめた

爆死、焼死、痛ましい死因が続く 

私は早々に本を棚にしまいこんだ

大切な人の最期を知りたいだろうか

その痛みを想像することは、あまりにも酷いことに思われた

 

あの宿題の日、父は私の名前の由来を語らなかった

男の子の名前しか考えていなかった父が、私の顔を見るなり、

「この子はタカコだ」と決めて譲らなかったらしい

だから、その理由を誰も知らない

宿題は、私が勝手に脚色して提出したのだった

 

それでも父にとって、私がこの名前でしかなかったように、

名簿の名前も、誰かのかけがえのないものだったのだ

父の苦しみの時間さえも、抱き締めたい真実になった

まだ死因を見るのは痛い

しかし、だからこそ想いを巡らせるのだ

その痛みに


    風鈴         生駒孝子

 

 

ちりんちりん

私の窓には夏の風を揺らす音がない

 

ちりんちりん

はなみずきの、たっぷりとした葉陰

 

軒と言えるほどの余裕もない

洋風建築だけれど、

按配よく、風の通り道を探せたら

 

ちりちりん

涼しげな音色に誘われて

あのひとも訪ねて来るかしら

 

 

秋色の服が並び始める、葉月も終わり

風鈴選びはまた来夏の宿題